こんにちは、まつかわです。
ちょっと体調崩しており、いろいろご報告が滞っています。すみません。
テーマだけでも報告せねばと、起き上がってきました。
まず、10月5−6日に東京で行ったNSDセミナー。
問いは、「愛するとはどういうことか?」でした。
最初に提案された問いにはなかったのですが、様々な話し合いを経てこの問いに落ち着いたときは、
それから、10月8日に神戸市北区子育て支援センターで行った哲学カフェ。
進行は桂ノ口さんの予定でしたが、いろいろ相談して、私が進行させていただくことにしました。
テーマは、「楽しく生きるとは?」でした。
「楽しいことをするということと、楽しく生きることはちがうのでは?」という意見が印象的でした。
10月16日に中之島のアートエリアB1で開催した「みんなの哲学」のテーマは、「友達とは何か?」でした。
こちらは、「『本当の友達』だとか『真の友』、『親友』など、友達を区別しようとするのはなぜか?」という問いをめぐってなされた議論が印象に残っています。「友達ってもっとふわふわしたものなんじゃないか」という立場と、それに対して「友達と仲間をごっちゃにしているんじゃないか」という立場がありました。
どれもいろいろ考えさせられるテーマで、書きたいこともたくさんあるのですが、とても書ききれないし、今日の哲学カフェがはじまってしまうのでこのへんで。
いってきます!
2013/10/27
2013/10/23
文化の日の哲学カフェ
こんにちは、まつかわです。
賛助会員の赤井さんより、むこのそう哲学カフェ次回開催のお知らせが届きました。
英語で話すeカフェのお知らせもありますよ。
同じく11月3日、倉敷市児島でも哲学カフェがあります。
デニムで有名な児島地区で催されているデニムとアートの祭典、児島ブルー・アートフェスティバル。
その一環として哲学カフェを開いほしいとご依頼をいただき、「人はなぜおしゃれをするのか?」というテーマで進行をやらせていただくことにしました。
会場では他にも様々な催しや、びっくりするような価格で良質のデニムやジーンズの販売があります。
お近くの方、デニムやアートに関心のあるかたは、ぜひこちらもチェックしてください。
みなさま、それぞれ充実した文化の日になりますように。
賛助会員の赤井さんより、むこのそう哲学カフェ次回開催のお知らせが届きました。
英語で話すeカフェのお知らせもありますよ。
同じく11月3日、倉敷市児島でも哲学カフェがあります。
デニムで有名な児島地区で催されているデニムとアートの祭典、児島ブルー・アートフェスティバル。
その一環として哲学カフェを開いほしいとご依頼をいただき、「人はなぜおしゃれをするのか?」というテーマで進行をやらせていただくことにしました。
会場では他にも様々な催しや、びっくりするような価格で良質のデニムやジーンズの販売があります。
お近くの方、デニムやアートに関心のあるかたは、ぜひこちらもチェックしてください。
みなさま、それぞれ充実した文化の日になりますように。
2013/10/14
10/27 小金井哲学カフェ「しりとりについて」
こんにちは、まつかわです。
先週末は東京でNSDセミナー、火曜日は桂ノ口さんに代わって急遽グリーングラスの哲学カフェの進行をしてきました。
どちらも人生考えさせられるテーマだったので頭の整理が追いつかず・・・。
報告は少々お待ちください。
今日は小金井哲学カフェの開催情報が届いたので、お知らせします。
日時:10/27(日)18:00-20:00
テーマ:「しりとりについて」
しりとり、みなさんご存知ですよね。りんご→ゴリラ→ラッパ・・・、 というように言葉を繋げる遊びです。
今回は、しりとりについて話し合いたいと思います。
場所:カフェ broom & bloom(東京都小金井市前原町3-40-20-106)
料金:無料(カフェで飲み物などのオーダーをお願いします)
主催:小金井哲学カフェ 進行:花野
先週末は東京でNSDセミナー、火曜日は桂ノ口さんに代わって急遽グリーングラスの哲学カフェの進行をしてきました。
どちらも人生考えさせられるテーマだったので頭の整理が追いつかず・・・。
報告は少々お待ちください。
今日は小金井哲学カフェの開催情報が届いたので、お知らせします。
*
日時:10/27(日)18:00-20:00
テーマ:「しりとりについて」
しりとり、みなさんご存知ですよね。りんご→ゴリラ→ラッパ・・・、
今回は、しりとりについて話し合いたいと思います。
場所:カフェ broom & bloom(東京都小金井市前原町3-40-20-106)
料金:無料(カフェで飲み物などのオーダーをお願いします)
主催:小金井哲学カフェ 進行:花野
*
そうそう、東京セミナーに小金井哲学カフェのもうひとりの進行役、佐土原さんが参加されていて、休憩時間に前回の哲学カフェ「子宮で考えるとは?」はどうだった?というお話をきかせてくださいました。
私が想像していたのと全然ちがった内容&展開で、「なるほど、そういう展開の仕方もあるのか!」と考えさせられました。
今回のテーマも、私が全く思いもよらない展開になるんだろうなぁ。
参加をご希望の方は、小金井哲学カフェのサイトよりお申し込みください。
2013/10/11
シリーズ企画「経済を問い直す」を振り返って
三浦です。先月28日に「お金とは何か?」と題する哲学カフェを(再び)行ないました。全6回にわたって私と共に進行をして(そしてここに報告文を随時寄せて)くださっていた安田さんが、半年を振り返っての感想を記してくれましたので、代理で投稿します。
名古屋で、「経済を問い直す」というテーマで4月から続けられてきたシリーズも、先の9月28日を持って最終回となりました。最初のテーマ提案者としての縁からこのシリーズ企画に終始携わらせてもらいました、安田です。
シリーズが最終回を迎えた、ということで、今回はこのシリーズ企画自体を振り返っての報告をさせて頂きたいと思います。全6回の内訳は以下のようなものでした。
4月 第1回:哲学カフェ「お金とは何か?」
5月 第2回:書評カフェ「評価と贈与の経済学」岡田斗司夫+内田樹著
6月 第3回:書評カフェ「文明の経済史」カール・ポランニー著
7月 第4回:哲学カフェ「市場とは何か?」
8月 第5回:哲学カフェ「会計/複式簿記とは?」
9月 第6回:哲学カフェ「お金とは何か?」
全回のテーマがはじめから決まっていたわけではなく、決まっていたのは初回のテーマと6回くらいのシリーズにしようということだけでした。ただ、第1回をやる頃にはもう、最終回は初回と同じテーマにしようということは決まってました。2~5回の議論がこの同じテーマについて考えるためのいろんな角度からの補助線引きになる(といいな)、というデザインです。願わくば、最終回で初回の自分と比べたときに「視野が広がった」と思える人が、継続参加した人たち(企画者や進行役含め)のうちに誰かひとりでもいるといい、という企画意図でした。
この企画の発端は、当時一参加者だった私の(単発の哲学カフェのための)「お金とは何か」というテーマ提案でした。その提案について三浦さんとメールで相談するうちに話が広がって、このようなシリーズ企画になりました。以前にカフェフィロで行われた全国統一企画「お金を問う」(哲学喫茶2号をご参照ください)や、当時から賛否を巻き起こしていたアベノミクスやTPPのような時事トピックとのつながりもあり、三浦さんには、始めたばかりの名古屋での哲学カフェのための「補助輪付き助走企画」的な意味合いもあってこうしたシリーズ企画を考えられたかと思います。
さて、初回から最終回まで参加してくれた方は実は一人いました。第5回のみ出られなかった方もいたので、その方合わせて二人、ほぼ全部の回に出てくれたわけです。このお二人が、最終回でのトークにおいて企画意図のような「視野の広がり」を体験されたかどうかは、、、残念ながらまだお聞きできていません。実は最終回だった第6回には、哲学カフェ初参加の方が偶然三人も集まり、初回参加以来の方一人と合わせて四人、と多数派になったため、継続参加組二人(と進行役二人)は、これまでの回での議論を踏まえたような発言はほぼできなかったのです。
考えて見ればこれは十分考えられることで、やはり、哲学カフェにおいては「継続参加を前提にデザインされたシリーズ企画」は成立しない、と気づかされました。もう少し正確にいうと、継続参加をつうじての「視野の広がり」は、仮にあってもそれを継続参加者同士で確認しあったり共有しあう機会はないかもしれないし、まして次回以降のカフェでそれを踏まえた上で発言することは許されない。たとえシリーズ企画であっても毎回、振り出しにもどって始めなくてはいけない。それを覚悟の上でしか、シリーズ企画は成立しない、ということです。
ただ、それを覚悟の上でなら、このようなシリーズ企画の哲学カフェにも、それなりの意味があるのではないか、とも思います。(このような、というのは、初回と最終回が同一テーマで途中は補助線テーマの回になっているシリーズ企画です。)もともとどんな人が集まってくるのかまったく分からないのが哲学カフェの醍醐味なら、参加者の間にいろんな「壁」があればあるほど、そして、そのような「壁」があることを参加者自身が意識しながらトーク参加できるほど、もしかすると逆にそれは成長の契機の豊富な「いい哲学カフェの場」なのかもしれません。哲学カフェが、形としては「言葉を介して問いの答を探そうとする場」でありながらも、単なる「正解探し」の場でも参加者各自の個人としての成長の場でもないとすれば。そうだとすれば、最終回において、継続参加組と初参加組の間にある種の「非対称な壁」(継続参加組には見えて初参加組には見えない壁)が生まれる可能性の高いこのようなシリーズ企画も、哲学カフェの一つのやり方として、多少作為的とはいえ、「あり」なのではないでしょうか。
なにかひどく自己弁護じみた報告になりましたが、、、。皆さんはどう思われますでしょうか。
なお、カフェティグレでの哲学カフェは、10月はお休みして11月から再開する予定です。
2013/10/01
「家」ってなんだろう? 女性のためのてつがくカフェ@光明寺
こんにちは、廣井です。
9月17日に女性のためのてつがくカフェ@光明寺vol.3を開催しました。
今回は鎌倉哲学カフェの堀田利恵子さんを進行役にお招きして「家」について考えました。
家に求める条件を考えていく中で話題に出たのがシェアハウスやネットカフェ、キャンピングカーなどです。20代、30代の人たちに人気のシェアハウスに40代の女性たちは興味津々でしたが、やはり家は日々の暮らし方(=働き方)によって決まってくるということでした。
どのような家に住むか、と考える中で私たちが意識的であるないにかかわらず判断材料としているのは、①人との距離感、②自然との距離感、③資本主義との距離感 ではないかということでした。これらのものたちとどういった距離感を持つかによって住む場所や家の作りやあり方が変わってくるらしいのです。
参加者の関心は徐々に家自体から家に住む人へと移っていきました。家族や血縁といった所与の関係ではなく自らが選んだ関係がときには家族同様になり得るように、食事を共にするなど時間の共有が家族の条件として重要といった意見が多く出されました。家を考えることは住む人を考えることなのかもしれない、とこの時点ではほとんどの人が考えていたはずです。
ところが終盤になって、建て替えによって新築した家にいまだ馴染めないという話が出てきました。家族も場所も変わらないのに建物が変わると自分の家ではなくなったように感じるという。。
「家」について振り出しに戻ったように思った瞬間です。
あらためて「家」って何だろうという疑問を突き付けられたまま終了した今回の哲学対話でした。
さて、次回は10月22日(火)でカフェフィロではお馴染みの井尻貴子さんが進行役です。
テーマは当日参加者の皆さんと決めて哲学対話を始めたいと思います。
ご参加ご希望の方は以下までご連絡くださいね。
hiroizum@cafephilo.jp
秋真っ盛りの光明寺さんのオープンテラスでお待ちしています!
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