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2013/11/26

12/6 小金井哲学カフェ「フラグとは何か」

こんばんは、まつかわです。
賛助会員の佐土原さんより、小金井哲学カフェの開催情報が届きました。

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日時:12/6(金)19:00-21:00

テーマ: フラグとは何か

死亡フラグに恋愛フラグ、勝ちや負けにもフラグはあるそうです。
こうした使われ方をするフラグとはそもそもどういうことなのでしょうか。
今回は「フラグ」を哲学してみます。

場所:カフェ  broom & bloom(東京都小金井市前原町3-40-20-106)

料金:無料(カフェで飲み物などのオーダーをお願いします)

主催:小金井哲学カフェ 進行:佐土原

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参加のご希望の方は、小金井哲学カフェのサイトよりお申し込みください。

2013/11/24

奈良でお仕事

こんばんは、まつかわです。
今日は進行のお仕事で奈良へ行ってきました。

オーダーメイドの哲学カフェ、進行役派遣のお仕事です。
詳しい内容を書くのは控えますが、高橋さんによる哲学対話について講演のあと、4つのグループにわかれて、それぞれのテーマで実際に対話を体験していただきました。

4つのグループなので、進行役は4人です。
岡山から大阪まで高速バスで行って、大阪から高橋さん、川崎さんとともに本間さんの車に同乗させてもらいました。
行きは真面目に打合せしながら。
帰りは参加者のみなさんのおしゃべりに刺激をうけたのか、楽しくおしゃべりしながら。
笑いすぎて、ほっぺが痛いです。

参加してくださったみなさんにも、本日の哲学対話が、自分の考えやモヤモヤを言葉にしてみること、考えのちがいを楽しんだり味わったりすることのきっかけにしていただけるとうれしいです。

2013/11/18

むこのそう哲学カフェ eカフェ"Why do people tell lies and white lies?"

こんばんは、まつかわです。
賛助会員の赤井さんより、英語でテーマで話そう哲学カフェ「eカフェ」の案内が届きました。
テーマは、"Why do people tell lies and white lies?"です。
前回お知らせした哲学カフェのお知らせと一緒にどうぞ。


"white lie"は「罪のないウソ」という意味だそうですが、実際にどんなウソがこれにあたるのでしょう?
日本のお世辞や社交辞令と同じなのかちがうのかというところも気になりますが、何を「罪のないウソ」と捉えるかも人によってちがうだろうので、盛り上がりそうですね。

前回の様子が、赤井さんのブログにアップされています。
関心のある方はどうぞご覧ください。

2013/11/16

記念日

こんばんは、まつかわです。
本日は、岡山大学の城下ステーションにて哲学カフェでした。

岡山で哲学カフェをはじめて今月で1年目。
ということで、テーマは「記念日」!

「ハレの日は全部記念日でいいんじゃない?」という意見と、「記念日と特別な日はちがう」と冒頭から意見が分かれました。
二つの異なる考え方を軸に、誕生日、成人式、祝日、結婚記念日、 転職記念日、喜寿・米寿のお祝い、1/2成人式などを様々な例をヒントに、それぞれの参加者が「自分にとって記念日とはどんな日か」考え、「 変化するための装置」、「祝う側と祝われる側の関係性」、「儀式の形骸化と自動的にその日がやってくることの意味」などいくつか面白い概念に出会うことができました。

次回は、12月22日。
コミュニティボールを使って「女らしさ? 男らしさ?私らしさ?」について語り合う予定です。
3連休の中日ではありますが、どうぞふるってご参加ください。


哲学カフェと打合せが充実しすぎてヘロヘロなので、
今夜は殻付き牡蠣をチンして晩ご飯にします。

2013/11/14

11/12 グリグラ哲学“毛糸”カフェ報告

液晶画面からこんにちは。behbluesです。

グリーングラスでは、今月から隔月ですこし毛色のちがう哲学カフェもはじまりました。
コミュニティボールと呼ばれる、毛糸のボールを使う哲学カフェです。
今回は、このコミュニティボール作りをしました。
参加者は7名。

ボール作りは、それぞれがお互いにむけて出した質問に答えながら
毛糸を巻きつける作業で始まります。
今回の問いは、
『1日のなかで好きな時間は?』と、『1日のなかで大切にしている時間は?』
という、似たような質問が並んで出たりもしました。新鮮!
めったにないケースではないかと思いますが、
それぞれが質問をどう捉えるのか、というところも含め、おもしろかったですよ。

ボールができてからは、最近考えていること、気になっていることを話し合い、
それからその考えていること、気になっていることを、
みんなで問いのかたちにひらいていく練習をしました。
それぞれのもやもやから、
・不公平さについてどう思うか?
・大人になったから分かることとは何か?
・どのような国なら信頼できるか?
・信頼できる国をつくるにはどうすればよいか?
・害があると分かっていてもやめられないのはなぜか?
・親が子を犠牲にして(?)自分のしたいことをするのは悪か?
という問いができました。

話し足りないとフラストレーションがたまるよ〜、という意見もあったので、
短い時間だけでしたが1つ選んで対話をしました。
選ばれた問いは、
『親が子を犠牲にして(?)自分のしたいことをするのは悪か?』でした。

いつものグリグラ哲学カフェでは、テーマについてどんどん深まっていく感じがしますが、
この毛糸カフェでは自分について深くまでもぐっていけるといいなと考えています。
そのために、わたしはこのグリグラ哲学毛糸カフェでは、
問いをたてる作業を丁寧にしたいと思っています。
だれか(自分も含めて)が話してくれたことから考え始めるとき、
哲学というかアドバイスの方向に近くなってしまうことがあります。
問いの形にするということは、
誰かの問題に直に分け入っていくのではなく、
「わたしは」と考え始めるために、とても有効なものだと思うのです。

どんなものについても、「わたしは」と考え始める態度。
「哲学とはなにか」に正解はないと思うけれど、
わたしにとってはそのような態度こそが哲学であるような感じがします。

それでは、液晶画面からごきげんよう。