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2017/10/20

哲学カフェ@千里コラボ「美を見出すとはどういうことか」開催報告


哲学カフェ@千里コラボ 

2017(H29)年9月30日(土)14時~16時  千里コラボ第1会議室

テーマ「美を見出すとはどういうことか」

 

豊中市の千里中央駅直ぐ近くにある豊中市文化センター「千里コラボ」で行われた哲学カフェの開催報告です。毎回、定員いっぱいの皆様にご参加いただいています。

美とは「あるものであるか」「ないところに創り出すものであるか」と言う対立する問いと、その合間にあってどちらでもあるような、あるいはひょっとするとどちらでもないような問いが現れてきたようでした。

 


◆美とはあるものである
美を気付く、はっと気が付くことがある。それは既にある美が私に届いた感覚である。

美を他人と共有、共感できる。このことから美とは一人の中にあるものではない。

他人の発言によって美しさに気づくので、他人の発言を気にせざるを得ない。

感性によって心に触れる瞬間がある。

美は動くもの、普通ではないものに感じる。

 

◆ないところに創り出すものである

美もねつ造されたものだと思う。あばたもえくぼ、と言うように見ようによって変わる。

見出すということは、創り出すということである。

見出すのは人の美点であり、そのことが心地よさにつながっている。

権威が言ったことは、権威が言わなければ見出せない。

5感を使い、心を開いて精一杯生きる。

ゴッホは共感を得られるのに時間がかかった。

美は自分で組み立てるもの、見えないものを加味されることで美になる。
誰かの美ではなく自分の美を見つける。
人が作ったものではない場合は? AIや自然によって作られるものに感じるのは美だろうか。
情報の有無が優越感に影響している。
要求の満足とは違う。必要な時に見出すことの前提?

 

◆いづれであっても言えること

美とは心地よさを感じさせる。その美の心地良さは、快感か? 心地良さ+αで美しさを感じる。

美とはその人の持っている理想との重なり合い 「美しい!」と言う言葉が出る。

贋作や造花は美しいか。

美を感じるためには、感じられる状態=余裕が必要。

その人の生活歴、風土が影響する。
美によって新しい流れを作る。

 

人の作った美には作者の意図が感じられます。意図と美とはまた別のものでしょうか。AIが作った美に違和感を覚えるのはAIの意図が分からないからかもしれません。贋作の鑑賞に影響するのもこの意図なのかもしれません。

2017/10/16

久しぶりに大阪で哲学カフェ&お知らせ

こんにちは、まつかわです。

11月は、久しぶりに大阪で哲学カフェをさせていただく機会があります。
山本代表に相談して、カフェフィロ共催にしてもらっちゃいました。
お近くの方でご関心のある方は、ぜひ!再会をお待ちしております。

↓スクロールしていただくと、チラシをご覧いただけます。
哲学カフェ「人がつながりを求めるのはなんで?」(11/3、豊中市)


それから、最近、個人ブログをつくりました。

まつかわのてつがく日誌

以前のブログは、このカフェフィロブログをつくってから放置気味でしたが、最近、カフェフィロ以外の哲学対話のお仕事も増えてきたので、ちゃんと足跡を残していきたいなと思って新たに作り直しました。
facebookだと、アカウント持ってない人は見れないし、情報が流れていってあとから辿れないので。

《てつがくやさん》として、哲学対話について考えたこと、活動のヒントにしている本や情報などもアーカイブ化していけたらと思っております。
ただいま哲学ウォークの参加者も募集中!

「最近、松川はなにしてるんだ?」という方は、ちらっと覗いていただければ。

それでは、また。

2017/05/06

私たちは「プロっぽく」ない?

お久しぶりです。やまもとです。

先日のカフェフィロ総会の後、カフェフィロという団体の輪郭を見直す目的で正会員ミーティングを開催しました。ミーティングでは以下のことについて話し合いました。
・カフェフィロを取り巻く環境は設立からどう変わっているか
・カフェフィロはどんなことを得意としているか
・カフェフィロの活動は誰を対象にしているか
・カフェフィロは他の団体とどう違うか?

特に興味深かったのは、二番目の「得意なこと」です。得意なことを上げるのは結構難しいので、苦手なこと、特にカフェフィロに「できそうだけどできない」ことをみんなで洗い出してみました。結果、次のような意見をみんな概ね共有していることがわかりました。
カフェフィロの哲学カフェに参加しても「説得力のある主張」ができるようにはならないし、「論理的思考力」をつけたり、「悩みを解決」することも(あまり)できません。また、カフェフィロメンバーは議論をファシリテーションすることも、まとめることもそれほど得意ではありません。要するにプロっぽくないのです。
ここまで書くと「こいつら大丈夫か?」と思われそうですが笑、メンバーは「そうそう!」という感じでした。では、何が残るのか。私たちは何を共有しているのか。今年はそれらを探る一年になりそうです。
今回一つ確認できたのは、みんな哲学対話をなんらかの「手段」としてではなく、「目的」として考えていることです。私たちの「プロっぽくなさ」はここからきているのか?あるいは哲学や哲学対話の「プロさ」は他の道とは違うのか?もう少し考える必要がありそうです。

今年は上記のような正会員ミーティングを複数回開催したいと思います。模様については随時ブログでレポートする予定です。お楽しみに!(?)

2017/05/05

哲学カフェ@千里コラボ 開催報告

皆さん

こんにちは。カフェフィロ事務局の赤井です。
ゴールデンウイークをいかがおすごしでしょうか。

哲学カフェで連休を過ごす方もいらっしゃると思いますが、連休初日の29日に行われた哲学カフェ@千里コラボ「幸福とは何か~幸福感を語り合う~」の様子をお知らせします。

日時:平成29年4月29日(土)14時~16時
場所:千里中央駅すぐ、千里コラボ
参加:18名


5名の初参加の方を迎え、「幸福とは何か」と言うテーマで行いました。連休初日のいいお天気に恵まれました。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。

「幸福」と言うテーマは哲学カフェでは割とよく取り上げられます。今回の哲学カフェではどんなご発言があったでしょうか。どうやら、幸福とはただ感じるものではないようです。他人との関係や行動、受け取り方も幸福に関係しているようです。また、社会の幸福(幸福な社会)について示唆されるご発言もありました。

皆さんが考える幸福について、新しい観点から考えるきっかけになったのならば幸いです。

当日の様子を少しお伝えします。



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◆幸福とは何か

・幸福とは、不幸を前提にしていると思います。健康と不健康の関係に似て失うと急に意識されることのように思います。

・ブータンの国王が来日した際、幸福度が話題になりましたが、幸福度は、満足度などのように測れるものでしょうか。

・日常生活の満足度が幸福度に繋がっているのではないかと思います。GDPなどの経済指標ではピンと来なくて、周りが見えて自分の幸福が比較できるようなものが幸福に関係していると思います。

・他人と比較するという事は、何か幸せを他人に預けているような感じがして、それは弱さではないかと思います。



◆幸福と時間

・幸福とは、後から当時を思い出して言うことではないでしょうか。あの時は幸せだったと。

・幸せかどうかは今は分からない。気持ちがいいなあ、とはおもうけれど。

・幸福は時間的なもので普段は考えないことだと思います。

・幸福は一瞬で感じることができる。歴史のない赤ちゃんは幸福なのかしら。



◆幸福と幸福感

・幸福ってユートピアみたいに、あるのかないのかわからないものです。

・自分の生涯を納得させるために振り返る、自分は幸せだと思いたい。不幸せではないことを納得すると、幸福であるように思います。

・幸福を感じにくいと思います。普段は幸福は意識しない。

・こうすれば幸せになれるという幸福論があるが、世間の風が幸福をさまたけていると思います。

・制約があってもやりたいことがあれば幸福です。

・他人の幸せを言うことがいいことだろうか。あるいは他人の不幸は蜜の味か。

・幸福な、捉え方をする。⇔不幸にとらえてしまう。と言うことが多いと思います。解釈の違い、解釈の方法によって幸福は変わってくると思います。



◆幸福と他人

・子どもと暮らせることが幸せだと感じます。人と心を通い合わせる、それが永続することが幸福ではないでしょうか。この場合、人と何かかかわりを持たないと、人と何かを一緒にやらないと幸福にならないのではないでしょうか。

・友人が多いことも幸福感に影響しているようです。

・ネット社会の特徴として、面識はないのに知りあいになれ、「いいね」」をしてもらうと幸せになれます。



◆幸福と行動

・目標を立てて、それを8割ぐらい達成したときは幸福です。

・ひきこもりなどの事例では、引きこもっている状態が幸せなのでしょう。

・ある状況は全て幸福である。

・幸福は努力して得られるもの。つらい時には何も考えられない、感じないようにしようとふたをしている。つらい時を脱すれば、幸せを感じられる。



◆幸福の構成要素

・幸福にはいくつかの構成要素があり、その組み合わせでいろいろな幸福があると思います。

・幸福の構成要素は安定、安心、目標、富、愛、感謝、達成感など。

・働く不幸もあります。年金暮らしの幸福は自由な時間が多く、経済的安定性があるからでしょう。



◆社会的幸福

・幸福は人によって感じ方がさまざまじゃないかと思いますが、一方で不幸は一律でないでしょうか。誰にとっても不幸は不幸と言えるように思います。

・社会において不幸の少ない社会、相対的な不幸が少ないことがいいのではないでしょうか。

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哲学カフェ@千里コラボ、次回は7月29日(土)14時からです。


2017/03/01

哲学カフェ@千里コラボ 「自分とは何か」開催報告


哲学カフェ@千里コラボ  「自分とは何か」

2017(H29)年2月25日(土)14時~16時

 

今回のテーマは人気があったようです。申込が殺到したため、ご参加いただけなかった皆様、申し訳ございません。

「自分とは何か」と考える時、自分と言う確たるものがあるはず、と言う方と、そもそも自分なんてない、と言う方がいらっしゃるようでした。それぞれ、金属たわしとスポンジに喩えていただき、分かりやすくかつ、面白い議論でした。

哲学カフェは結論を求めません。このやり取りから皆様がどんな刺激を受けられたでしょうか。またいつかそのお話が伺える機会があれば楽しいなと思います。

 

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◆わたしとじぶん

・「自分」と「私」はどう違うのでしょう。

・「自分」と言う言葉は自分の個体を強調するときに使うように思います。一方、私は「私」と言う言葉を使わないと語れないと思います。

・「自分」のことを他人に伝えるときは「私」を使い、それ以外の時には「自分」を使うと思います。

・「自分」と言う時は、自分の個体を強調するように思います。

・身体と魂を分けて身体のことを「自分」と言うように思います。

 

◆じぶんをつくる

・「私」を作るためには「自分」を反芻しているようです。

・「私」は主体なのだと思います。

・自分を作ったと言う人はいないのではないでしょうか。自分を作ろうと努力しているのでしょうか。

・十人十色で、それぞれ自分を作っていると思います。

・自分を作った例としては「われ思う故にわれあり」と言ったデカルトやパスカルなどではないでしょうか。

・自分と、私1、私2、私3、を分けたいと思っています。混乱している自分を作っているようです。

・死ぬまで変化を続けて完成に近づけていくイメージがあります。

・私の思う自分は金属たわしみたいで、何かを吸いつけると言うより周りのものをこすり落としてるようなイメージです。

 

◆じぶんはなにでできている

・自分を取り巻く家族や友人や社会・歴史・自然に囲まれているところでsomethingが生まれ、それをまとめ上げて主体=私が作られていると思います。

・自分はしっかりとした枠があるのではなくて揺れているように思います。

・自分とはスポンジのように環境からいろんなものを吸い込んで、環境が替われば吸い込むものも変わっていくように思います。

・自分とは入れ物であって、そこにいろんなものが入っている。そのようなイメージです。

 

◆いしき

・今ここにあるものが自分、だと思います。

・「考え方」の確立が自分を作るために大事だと思います。その「考え方」には風土が影響していると思います。

・原自己から育つ中から、譲れない自分があって言わば芯があるように思います。

・「自分」を意識するときは、例えば道に迷ったとき、何かを選ぶ時です。

・自分を意識することで自分が生まれる。

・自分らしさを自分で作って苦しむ。

・意識は脳があるから生まれるので、脳死では自分はなくなると思います。

・本当に大事な自分っているのでしょうか。

 

 

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次回は4月29日(土)です。テーマは「幸福とは何か」を予定しています。

来年度も引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

2017/01/18

明日の「おはよう日本」にでます。

こんにちは、まつかわです。
こちらのブログでは、すっかりご無沙汰してしまってごめんなさい。

先日、NHK岡山のニュース番組「もぎたて!」の哲学カフェ特集で、私が進行する哲学カフェがいくつか紹介されました。
その特集が、明日(1月19日)の「おはよう日本」でも流されることになりました。
朝4:30〜5:00のあいだと、6:00~6:30のあいだの2回。
どちらも同じ内容で、1回7〜8分です。

全国放送なので、起きてる(起きれる)方がいれば、どうぞご覧ください。
私はそれほど映っていませんが、参加者の方のインタビューがいい感じです。

ウェブサイトのイベントレポートがまだのかたは、こちらもどうぞ〜(写真追加しました)。

2016/11/06

千里コラボ哲学カフェの開催報告


千里コラボ哲学カフェ  「人間にとって価値とは何か」

日時:2016(H28)年10月29日(土)14:00-16:00  会場:千里コラボ 参加者数:20名
進行:赤井郁夫



「人間にとって価値とは何か」

今回も定員いっぱいの参加者にお集まりいただきました。
哲学カフェ初参加の方が6名ほどいらっしゃり千里コラボらしい哲学カフェとなったと思いました。なかなか難しいテーマでしだが、初参加の方を含め皆さんの活発なご発言が途切れることなく幅広いご意見が出されました。


現に存在するものに価値を見出そうとする考えや役に立つモノやコトに価値を認めるという考え、人間というあり方に価値を見出そうとする考えなどが出される中で、認めるという行為がいずれにもかかわっていることが薄っすらと浮かんできます。


何に価値を見出すか、その人のモノサシ、価値観が形成されるのに大きく影響するのが経験であることも浮かびで出できました。価値観が共有されるためには経験を伝えることが必要なのでしょうか。価値観を伝えることの難しさや複雑さに思いを至らせることが出来ました。

(赤井) 


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◆価値とは何か?


・価値とは判断基準ではないでしょうか。

              よい、わるいというモノサシに近いものでしょうか。

              判断基準としての価値とは価値観に近いものだと思います。

・価値がある、ない、といういい方もします。

価値あるものとは人間に必要なもの(健康、お金、生活に必要なもの)でしょう。

価値あるものとはお金で買えるものでしょう。

価値あるものには流行り廃りがあるように変化すると思います。

・「その場の価値」と言うものもあると思います。

・価値を知っていると言ういい方もします(思い込みかもしれませんが)。




◆誰にとっての価値か?


・個人にとっての価値と言うのは、個人差があって話し合う価値がないように思います。人類や国家にとっての価値が大事でしょう。

・相対的な価値と言うものはあまりにたくさん出て来そうで話しにくいとは思いますが、そうかと言って国家にとっての価値を話そうとしても取りつく島がないので身近なことを考えていったら共通している価値、という事が話せるのではないでしょうか。

・国民栄誉賞を伊調薫さんが貰ったが、このような賞というものは共通の価値があるという事ではないでしょうか。

・それらの賞は選考委員の価値観が現れているだけで、共通という事ではないように思います。

・ノーベル賞などは専門性の高い分野なので選考委員の判断をもって多くの人の代表的な意見としていると考えても差し支えないように思います。




◆なぜ価値が生まれる?


・一つの何かに価値を置くことの意味は何でしょうか

・人間には命にも限りがあるし能力にも限りがあります。その中ではいつも選択を迫られて優劣を付けながら判断しています。このことが価値というものが生まれる原因のように思います。

・人間にだけできることは創造する事でしょう。工夫し芸術を生み「大きな物語」を生むことで何かを創造しそれが、価値あることとなっているように思います。

・人間が作ったものでもすぐにはよさそうでも長い時間たってみないとほんまにええもんかどうかはわからないと思います。長い時間で判断されると思います。

・知らず知らずのうちに、意識しないで価値を見出していることは多いと思います。

価値を知っているという事は、教養や理解があるという事だと思います。




◆人の価値


・一人ひとりが価値を決めるのでしょうか。

・物やサービスを買う場合、お金を払えば買えるように価値あるものには対価が必要で、それは誰かに認めてもらうと言う承認要求に関係しているのではないでしょうか。

・人に対する価値と物に対する価値は違うのだろうか。人に対する価値には「生きていることだけで価値がある」と思います。

・人の価値を図ることもあると思います。評価などは良く行われていますがこれも価値を図っていると思います。

・生きていることそのものと言うより、人の性格、人間性に価値があると思います。

・生きていることに価値がある、と言うのならば「人」だけではなく動物にも植物にも価値があるという事だと思います。

・生きていることには価値があると思いますが、それは存在することの最低限の価値であってそれにプラスαの価値があるように思います。

・個性は価値でしょうか。

・認められるものと認められない個性があると思います。

・個性は価値ではないでしょう。個性の中の役立つことがあったらそれが価値を持っていると思います。




◆無理をして価値を作る


・パタゴニアの原生林を走りぬく競争と言うのがあるそうですが、そこで優勝すると言う価値は、人間にとっての最低限の必要と言うものを越えた価値があると思います。

・新しいものや考え方が次々出てきて、それが価値を持ってくるのが現代社会だと思いますが、無理やり価値を作っているように思います。

・価値や価値観にはメディアの影響が大変大きいと思います。

・争いごとは人間の歴史でずっとついて回っていますが、第二次世界大戦の経験を踏まえると「争いのない公平な社会」と言うものが最も価値があると思います。

・「価値」を考えられる社会が価値があると思います。


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以上 

2016/10/24

Radio MOMO「輝くおかやま夢ガール」に出演

こんにちは、まつかわです。

10月22日(土)岡山シティエフエムRadio MOMOさんの「輝くおかやま夢ガール」に出演させていただきました。
うっかりこちらでお知らせするのを忘れてしまい。。。ごめんなさい。

26日(水)19:30より、再放送があります。
岡山市外からはインターネットラジオでどうぞ。

☞岡山シティエフエム FM790『RadioMOMO』

写真は、収録時。パーソナリティの平川陸子さんと。


岡山シティエフエムさんは、災害時に岡山市内の地域情報をいち早くお届けするというミッションを担っているそうです。
災害のときは、地域密着のローカルな情報が本当に大事。
ラジオ習慣も災害対策の一つになるんだなと感心しました。


2016/08/24

p-Trip 哲学対話の夏合宿@ココルーム 開催報告

p-Trip 哲学対話の夏合宿@ココルーム 開催報告

 日時:2016(H28)年8月20日15時~21日13時 場所:ココルーム  
 共催:武庫之荘哲学カフェ運営委員会 カフェフィロ   協力:ココルーム

初めての合宿は延べ17名にご参加いただきました。ありがとうございました。特に遠方からお越しいただいた皆様、楽しんでいただけましたでしょうか。
ご協力いただいたココルームの上田暇奈代さん、遠藤さんはじめスタッフの皆様、ありがとうございました。

◆釜ヶ崎の街歩き

初日、まず「釜ヶ崎の街歩き」 は、あしゅらさんに案内してもらいます。

東京の山谷、横浜の寿町と並んで労働者の街として現代の縮図のような街。大正時代にさかのぼる釜ヶ崎の発生から第一次暴動(1961年)を経て歴史の波をかぶり続けたこの街歩きます。

2008年を最後に暴動は起きていません。高齢化した労働者たちのこの街を終の棲家としている様子が、今の日本を象徴しているようです。

◆1回目の哲学カフェは、「この街」がテーマ。  進行:赤井

街にエネルギーを吸い取られたと言う意見があります。言葉にしようとすると言葉にならないもどかしさを感じながら、人が住むとはどういうことなのか、に向かって対話が進みます。

貧困と自由、楽しさと差別、など普段あまり考えないような言葉を対にして考えていました。身体と物質の境目、普通の街との境目などにも話が及びます。

ようやく暮れた夏の陽にほっとしながら、BBQ

カフェフィロ「代表が焼く」BBQ! ココルームにはゆったりとした庭があります。

◆シネマ哲学カフェ 進行:山本(カフェフィロ)

続いてシネマ哲学カフェ「KAMAO!PERA」2016日本75分 を上映します。幅35m縦1.4mの遮光カーテン製スクリーンを設置。150インチの大画面にフルハイビジョンで上映しました。
プロデューサーは上田暇奈代さん(ココルーム代表、戦う詩人)

哲学カフェが始まります。予定を大幅に超過し12時を過ぎてしまいました。

面白いとはどういう事か。面白くないのはいけないことか。釜ヶ崎で表現するとはどういうことか。表現しない人はどういう存在なのか。仕事をするとはどういう事か。日々を送るとはどういう事か。仲間とは何か。掘れば掘るほど奥行きのある問いが浮かんできます。

参加者の皆さんの刺激的なご発言にどんどん開かれていく地平があるようでした。あぁ、その問題も考えたい!それも突っ込みたい!刺激に満ちた時間でした。

◆ 2日目

翌朝、すっきりと晴れた釜ヶ崎の空 
                                   ココルームの庭から見上げる空は南国の空

◆朗読からはじまる  朗読:西村在子 進行:赤井

「朗読からはじまる」は 井上荒野著「ある古本屋の妻の話」(100万分の1回のねこ収録) を朗読家の西村在子さんに読んでいただきました。


3回目の哲学カフェは朗読を聴いて行う「朗読からはじまる」です。驚くほど幅広く、深く話が広がっていきました。
短編とはどこで終われば成立するのか。 どこで切ってもいいのかもしれない。 賭ける、とはどういう事か。消極的な賭けとは何か。古本とは何か。埋めると捨てるの違いは何か。 考えるのをやめるとはどういう事か。 被害者である自分に安住する?など・・・

◆さて、最後は「哲学カフェプラス」

二人ペアになってこの二日間を振り返ります。一人が他の一人にインタビューして取材します。それを素材に詩を作ります。
これは上田暇奈代さんの「詩の学校」(月一回 会場:應典院) で行っている詩作の方法です。

                             ペアになってインタビューします。にぎやかな時間です。
◆「哲学カフェプラス」で作った詩から

「深みを増す」   あつみさんの話を聞いて    広瀬崇光

 問いという言葉には、どこかしらの受けが感じられる。

 しかしあなたが口にした場合、相手に対する興味、自分にない世界へでようとするような歩みを 感じる。

 何もしない人

 急な前進でつまづき、倒れた人

 人生において私はそういう人たちを見てきたが、あなたはどちらとも違う。

 あなたは進むだろう。

 そして広がるだろう。

 ゆっくりではあるけれど。

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「金属の動」    暑さ嫌いさんの話を聞いて   タイシ

 気怠い生活の中の、錆びた眼のその奥に

 白く輝くカギがある

 錆の下には白がある

 金属疲労を起こし、割れそうになった瞼の奥

 かぎにワイヤーをかけたなら

 白いまぶたになるだろうか

 私は布団を被って眠る

 まぶたを閉じて その夜に

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「古本屋の妻」  タイシさんの話を聞いて    暑さ嫌い

 満足していない家庭と対峙した

 住んでいて楽しいとかじゃなく

 平坦で変わり種のない家庭

 水面下にあるのは不満

 時には家庭の犠牲にもなる

 ただ不機嫌の受け入れ方が

 家庭のカタチとして現れる


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「このまま生きていくのか?」   紙本さんの話を聞いて   野尻茂樹

 のぼる日を見て起き、落ちる日をながめて明日を想う。今日と明日は違うのに、あなたは何も変
えようとしない。
 
 与えられている何かはあなたを満たし、かけている何かはいらだたせる。

 生と死はいつも目の前をよぎる

 何故、気づかなかったのか。何故、自分は考えなかったのか。

 考えたつもりの一瞬は土の中に埋まって息をひそめている

 あなたを見つめる生死は、あなたを問いつづけているのだ。

 「生きているのか?」

 問いつづけている声が、聞こえるか?


◆p-Tripは、終わりました。

街歩きは暑かったし、段取りがうまくいかない処も多々ありました。反省すべき点も多くありますが、皆様のおかげで楽しい時間を過ごさせていただきました。
こんな哲学カフェもあるのだな、と思っていいただけたら幸いです。

この後、カフェフィロ主催「対話劇を作るワークショップ」を行いました。引き続きご参加いただいた8名の方、ありがとうございました。

新たな出会いに感謝して、思うところへ進んでいこう。

2016(H28)年8月23日 赤井 郁夫

2016/08/17

岡山経済新聞で、「こども哲学」の様子が紹介されました

こんにちは、まつかわです。
ここ数日、不安定な天気が続きますね。
大雨の被害など大丈夫でしたか?

さて、今月はじめに、岡山市立高島公民館で進行させていただいた「こども哲学 絵本『さいごのぞう』をみんなで読んでみよう」の様子が、岡山経済新聞で紹介されました。
yahoo!ニュースにも転載されたので、ご覧になった方もいるかもしれませんが、シェアさせていただきます。


岡山で子ども哲学講座 絵本題材に「考えるを楽しむ」体験




同じく高島公民館主催で、秋から、アユモドキの人工繁殖に係わっている方や、野鳥が好きな方と一緒に、環境について考える「たかしまエコ寺子屋」なるイベントも企画中です。

うれしいことに、最近、岡山周辺でも哲学対話のお仕事が増えてきました。
ボランタリーな活動やネットワークづくりが中心のカフェフィロで、私がお引き受けしたお仕事の事務まで担うのは難しいため、山本代表とも相談のうえ、4月ごろから、カフェフィロ窓口ではなく直接ご依頼いただいたお仕事については、個人でお引き受けしています。
カフェフィロ外のお仕事や活動については、facebookに、ポツポツと書いています。もし気が向いたら、ご覧ください。
(といったものの、facebookの個人ページは、アカウントがないと見れないんですね。本当は、個人のブログを再開したいのですが、まだそこまで手が回らず。。。ごめんなさい。気長にお待ちいただければ。)
ときおり、「これはカフェフィロ周辺のみなさんとも共有したい」ということがあれば、こうして共有させていただくことにします。

2016/08/09

【開催報告】なごテツ 第5回哲学カフェ


http://nagotetsu.jimdo.com/会場/
会場のカフェ・サンラファエルさんの外観です。
いつも快く迎えてくれます!感謝!
 先日(8/6土)《なごテツ》の第5回 哲学カフェを考える哲学カフェ よいテーマとは? を名古屋駅東口にあるカフェ・サンラファエルさんにて開催しました。

 少し歩いただけで汗が噴き出す程の大変な暑さの中、大阪や東京などの遠方からや、9月にコラボ・イベントを行う名古屋ビブリオバトルの会のメンバーの方たちからもご参加いただきました。
 (ありがたいことに、ご近所の方が、初参加で道に迷われた方を、会場のカフェ・ラファエルさんまで送って下さったそうです。 炎天下のご親切、心より感謝申し上げます!)

 初参加4名の方を含め11名の方たちとともに、哲学カフェにおけるテーマについて、活発なやりとりが展開されました。
 よいテーマを考えるには、何がよい哲学カフェかを考える必要があるとの提起から発展して、哲学カフェの善し悪しはテーマに関係するのか/しないのか、参加者の姿勢次第ではないのか、など、かなり突っ込んだ興味深いやりとりがありました。 (詳細は開催報告をご覧ください。)

 哲学カフェ後は場所を変え近くの喫茶店で、2時間ほど懇親会を行いました。

 今回も参加者の皆様から1,566円ものご寄付をいただきました。
 配付資料などの複写費や活動運営費などに充てさせていただき、一部は哲学カフェ活動発展のためにも使わせていただきたいと思っています。(会計報告はこちらをご覧ください。)
 
 次回、第6回哲学カフェは、9月10日(土)の予定です。(テーマは未定です。)

 これからもどうぞよろしくお願いいたします。

なごテツ世話人代表 井下賢一

2016/08/06

パートナー団体のイベントのお知らせ

山本です。パートナー団体の「Philosophy愛知」さんより哲学カフェのお知らせが2件届きましたのでご紹介します。お近くの方は参加してみてはいかがでしょうか?

----(以下、Philosophy愛知さんより)---

●第4回哲学カフェ愛知@豊橋
【日時】2016年8月21日(日)15~17時
【場所】cafe & gateaux knhod
豊橋駅東口徒歩数分
【定員】10人程度
【申込】メールでお申し込みください。
 tetsucafe.p4e(アットマーク)gmail.com
【参加費】飲み物をご注文ください。
【テーマ】当日参加者どうしで話し合いたいことを決めます。
【哲学カフェとは】
哲学カフェとは、参加者がテーマ(問い)に対して問いを立て、考えたことを言葉にして表現し、聞いた人がさらに問いを立てたり、自分の考えたことを話す、応答的な対話を楽しむ会です。何か結論を出したり、合意形成することを目的にしません。参加者で問いを深く探求したり、異なる意見や見方を知ることを楽しむ場です。

●てつがくカフェ(名古屋・栄)
【日時】2016年8月26日 19:00 〜 21:00
【場所】名古屋市市民活動推進センター内フリースペース
【定員】若干名(事前に申し込んでください)
【申込み】下記のメールへお申込みください。
 tetsucafe.p4e(アットマーク)gmail.com
【参加費】なし
【テーマ】「障害者(障がい者)」は誰か

【趣旨】
相模原市で施設に入居されていた障害者だけを狙った殺傷事件は、理不尽な暴力で生命を断たれた被害者の無念の思いと遺族や関係者の方々の悲しみに胸が塞がり、容疑者に対する怒りを感じます。
事件についてはまだ捜査中であり、亡くなられた方々や遺族を言葉の暴力で傷つける憶測や配慮のない言葉を慎むべきでしょう。
しかし、なぜこのような事件が起きてしまったのか、様々な思いが去来します。
胸の中にある思いをゆっくりふりかえり、丁寧に言葉にして語り合いませんか。
生きるとは、障害とは、怒りとは、人を裁くとは。
なにか正解のある結論を急いで出すのではなく、異なる意見を傾聴しながら、それぞれの中で考えていることを分かち合い、考えあう場を開きます。 

※「障害者」「障がい者」の表記についても含めて、話しあえたらと思います。

【てつがくカフェについて】
てつがくカフェの以下のルールを守っていただける方はどなたでも参加できます。
①参加者の話をしっかり聴く。自分の意見と違っていても全否定しない。
②自分の考えたこと、感じていることを自分の言葉で話す。
専門書に書かれていることを情報として伝えるとかせず、自分の経験に基づいたこと、自分が感じたことを元に考えたことを言葉にします。
③何が正しい意見か勝ち負けを争う場ではありません。合意形成をする場でもありません。 また意見を押しつけてはいけません。
意見や感じ方が違うことを認めあい、安心して自分の考えを伝え合う環境を作ります。

---(ここまで)---

2016/08/03

哲学カフェ「なぜ私たちは哲学するのか?」の予想は大外れ

こんにちは、まつかわです。
暑い日が続きますね。
そんな暑いなか、哲学カフェに参加してくださるみなさん、ありがとうございます。
私もですが、みなさんも哲学好きですね♪

ということで(?)、先日、7月31日(日)は岡山大学まちなかキャンパス・城下ステーション(「城下」は「じょうか」ではなく「しろした」と読みます)の哲学カフェでは、「なぜ私たちは哲学するのか?」をテーマに取り上げました。
「こんなテーマで、人くるのかな〜。いつもより少ないだろうな」という私の予想は大外れ。
20名を超える方が参加され、この会場で最高参加者数となりました。
初めて哲学カフェに参加される方もたくさん。
哲学、大人気?!

そして、この哲学カフェでは、他にも予想外のことが2つありました。

ひとつは、「哲学カフェに初めての方は、参加しにくいテーマかな?」と心配だったのですが、初参加で積極的に発言してくれる方が、少なくなかったこと。

さらに、「いつも哲学カフェに参加してる人から、哲学カフェにきてる理由をきけるかな」と思っていたのですが、これも外れ。
全くなかったわけではないけれど、それより、自分の普段の生活から哲学について語る方が多かったです。

何百回と哲学カフェしてるんですが、私の予想、全然当たってません。
でも、そこが哲学カフェの面白いところです。

*

内容について、ざっくり振り返ると、「哲学とは何か」をめぐって、大きく2つの問題が浮かび上がったかなと思います。
(以下は、実際に話し合った順番とは全く異なります。私の主観でまとめたものです。)

一つは、哲学と、他の「考える」や知のあり方との関係。
「哲学する」は「考える」の一部なのか、それとも?
哲学と科学や宗教との関係は?などなど。
前者については、なんと、「晩ごはんについて考えることは哲学になりうるか?」という切り口から、興味深い議論が展開しました。
後者については、哲学と科学は切り離せるのか、哲学と宗教は両立するのかについて、対立する意見がでましたね。

もう一つの「哲学とは何か」をめぐる問題は、複数の哲学の区別についてです。
まず、介護関係の仕事をされてる方の話をきいた別の参加者から、「ケアを哲学する」と「哲学をもってケアする」はちがうのではという指摘がありました。
今ふりかえれば、最初のほうにでた「右斜め上から自分をみている感じの哲学と、毎日晩ごはんをコツコツとつくっている人(あるいは行為)のなかにある哲学、どっちが哲学?どっちも哲学?その関係は?」という問いかけも、この指摘に近いですね。
それから、「哲学や倫理は社会や人生のベースにある大事な問題について考えることだから必要」という意見がある一方で、「それもわかるけど、私は必要だからというより、単純に楽しいから哲学カフェに参加してる」という声がありました。

*

今回、「なぜ私たちは哲学するのか?」というテーマを取り上げようと思ったきっかけは、前回の哲学カフェででた質問でした。
「どうして、これを『哲学』と呼ぶんですか? 」
そのときは、簡単に2〜3言で説明させていただいたのですが、いつも一緒に哲学カフェをしている岡山大学の岩渕さんが、「一回、哲学って何か、じっくり話してよ」と言ってくださり、一人で一方的に話すのもさみしいので、参加者のみなさんにも話してもらうことにしました。
やはり、きいてみてよかった。
みなさんの話をきいて、私自身も、いくつか発見や変化がありました。

ひとつは、「哲学について哲学すること」に対する苦手意識が薄れたこと。
過去の哲学者もたくさん哲学について哲学してきたわけですが、抽象的な話になりがちで、哲学屋が自分のしてることを押し売りしてるような印象があって、ちょっと苦手でした。
が、今回は、暮らしや人生との関わりのなかで哲学がどうあるかが聞けたので、楽しかったです。

もうひとつ気づかされたのは、「哲学をもって○○する」が私のなかにあること。
私は、「○○を哲学すること」は自分のなかに何かしら発見や変化があって大好きなのですが、「人生哲学」とか「ビジネス哲学」というときに思い浮かべるほうの哲学には苦手意識をもっていました。
なんか、行動指針みたいなのが外から与えられて、自由じゃない気がして。
でも、今回「『ケアを哲学する』から、そこから生まれてきた『哲学』をもってケアすることも可能になる」という意見をきいて、「そういえば、私のなかにも、「哲学カフェで大事にしていること」があるなぁ」と気づかされました。
それは、外から与えられた知識ではなく、自分が経験しながら獲得してきた実践知のようなもので、変化しうるものだけど、だからといって簡単に揺らぐものでもない。
苦手だと思っていたものが、自分のなかにすでに、しかも大事なものとしてあった。
それは、驚きでもあり、愉快な出来事でもありました。

2つの苦手意識が吹き飛んで、今後、ますます楽しく哲学できそうです♪

2016/07/24

「哲学散歩」を開催しました。

みなさんこんにちは。山本です。
本日は京都で高橋さん講師のもと「哲学散歩」を開催しました。
哲学散歩はオランダの哲学者ピーター・ハーテロー氏が考案した「哲学ウォーク」の手法を利用したものです。
※ピーター・ハーテロー氏が哲学ウォークについて書いた論文はこちらから読むことができます。

本日の散歩場所は鴨川沿いと下鴨神社でした。まずは鴨川沿いを歩いていきます。自然だけでなく、ランニングをする方や動物、オブジェなど色々なものが目に入ってきます。

参加者はくじで引いた「哲学者の言葉」を表す風景を探します。
私の引いたくじはこちら。(難しい…)

参加者は歩きながらその言葉の本質を表す概念を考え、言葉に合う風景を探していきます。歩いている間は黙って歩き、「これだ!」と思った風景を見つけたらみんなを止めて考えたことを話します。他の方はその考えを聞いて発表者に質問をし、発表者はその中からさらに考えたい質問を一つ選び、歩きながら改めて考えていきます。

言葉の意味を考えながら、風景にそれを重ねていくことでまた違った景色が見えました。

暑い中ですが、お越しいただいた方ありがとうございました!涼しくなったら次回も開催するかも…?


2016/07/19

7月26日、FM倉敷の「おまかせラジオ」に出演します

こんにちは、まつかわです。

たったいま、FM倉敷さんよりラジオ出演のお誘いをいただきました。
7月26日(火)の14:15ぐらいから、たぶん10分ぐらい。
「おまかせラジオ」という番組で哲学カフェの紹介をさせていただきます。
(ラジオなので時間は多少前後する可能性があります。)

お仕事中の方も多いかとおもいますが、きけたらきいてください♪
(録音されると恥ずかしいので、できればリアルタイムで!)

生放送、大丈夫かな〜??
うまく話せなかったら、「あんなに話すの下手な人でも哲学カフェできるのね」と前向きに受け止めていただければ。。。


2016/07/13

【開催報告】なごテツ 第4回哲学カフェ


なごテツ 第4回哲学カフェの様子
先日(7/9土)《なごテツ》の第4回哲学カフェ なぜ私たちは「自分は何者なのか」と考えるのか を名古屋駅東口にあるカフェ・サンラファエルさんにて開催しました。
強い雨が予想される中、初参加4名の方を含め18名の方たちと、ともに考えていきました。
難しいテーマでしたが、「自分は何者なのか」と問うことの前提に潜むものに触れながら、問いを共有することの難しさも感じる回となりました。 (詳細は開催報告をご覧ください。)

今回も参加者の皆様から1,930円ものご寄付をいただきました。 配付資料などの複写費や活動運営費などに充てさせていただき、一部は哲学カフェ活動発展のためにも使わせていただきたいと思っています。(会計報告はこちらをご覧ください。)
哲学カフェ後は、定員超過のため近くで様子を見ていただいた方も含め、14名の方たちが残ってくださり、場所を変えて、近くの喫茶店で2時間ほど懇親会を行いました。哲学カフェの継続など、様々な話で展開されました。
 
次回、第5回哲学カフェは、8月6日(土)に開催の予定です。(テーマは未定です。)
 
前回もそうでしたが、とても多くの方たちにご参加いただき、とてもありがたく思っています。
このように活動ができますのも、皆様のご理解とご協力があってのことです。
これからもどうぞよろしくお願い致します。

なごテツ世話人代表 井下賢一

2016/06/28

賛助会員制度の変更についてお知らせ

山本です。本日はカフェフィロの賛助会員制度についてご案内いたします。
カフェフィロでは昨今の状況を踏まえ、本年度から賛助会員制度を一部変更することにいたしました。カフェフィロはこれまでと変わらず「社会に生きる哲学」の実現のために様々な実践を行っていきますが、今後は「哲学とともに生きる人たち」を応援するべく、哲学実践者の活動のサポートも行っていきたいと考えております。そのため従来の賛助会員を2種類に分け、「サポーター会員」と「パートナー会員」を新たに設立することにいたしました。それぞれの詳細は以下の通りです。

●サポーター会員(年会費3,000円)…カフェフィロの目的に賛同頂き、活動を支援いただける「個人」の方が対象です。

★サポーター会員特典
・カフェフィロセミナーの割引、及び先行受付
・サポーター会員限定のイベントへのご招待
・その他特典を検討中
※従来の特典であった「哲学喫茶瓦版」の配布は中止します。

●パートナー会員(年会費7,000円)…カフェフィロの目的に賛同頂き、支援/協働いただける「団体」や「法人」が対象です。
※申し込まれた団体の活動内容によっては入会をお断りする場合もございますので、予めご了承ください。

★パートナー会員特典
・カフェフィロHPへのリンク掲載※
・カフェフィロHP及びFacebookへのイベント情報(哲学カフェなど)掲載※
・団体の代表者1名はサポーター会員の特典も受けることができます。
※現在HPをリニューアル中です。HPへのイベント情報掲載は夏以降の開始となります。
パートナー会員様はカフェフィロとの共催イベントを企画・提案することもできます。(内容によっては共催ができない場合もございますのでご了承ください)

カフェフィロではイベント広報のためのHPの維持・更新やメルマガ発行などの活動に費用を必要としていますが、昨年度は賛助会員の皆様から66,000円のご支援をいただき、これらの費用を補うことができました。
カフェフィロでは活動を継続・拡大していくために、今後も皆様からのご支援を必要としております。この機会にぜひサポーター会員/パートナー会員への入会をご検討いただければ大変に幸いです。ご入会いただけるという方や、お問い合わせがある方はinfo@cafephilo.jp までお気軽にご連絡ください。

2016/06/23

【報告】震災を考える哲学カフェplus

おはようございます、まつかわです。

先週日曜、6月19日は久しぶりに岡山大学のまちなかキャンパス「城下ステーション」にて哲学カフェでした。
テーマは「震災」。
他の「震災を考える哲学カフェ」がテーマを絞りこむなか、あえてざっくりしたテーマ設定させてもらいました。
できるだけ、いろんな声がききたかったので。

今回は、カフェマスター岩渕さんのご提案で、岡山大学の前田芳男さんに話題提供をお願いしました。
都市工学がご専門なので、当日まで専門家として熊本の支援に行ってらっしゃるのかと思っていたのですが、今回の地震で熊本のご自宅が被災されたとのこと。
ご自宅やその周辺の写真を見せながら、「専門家としてこんなふうに考えていたけれど、実際に当事者になるとこうだった!」と二つの立場のギャップを織り交ぜながら体験をお話しくださいました。

他にも、様々な方が参加されました。
今回の震災で親戚が被災されもどかしい思いをしている方、東日本大震災でチャリティー活動に関わった方、地震の多い地域で生まれ育ち常に危機感を感じてきた方、震災を遠い場所や遠い未来の出来事と感じている方、震災を機にTVや新聞をやめたという方 ‥‥。
「震災を直接体験したことはないけれど、震災の影響で授業が震災一色になり、大学で受けたい授業が受けられなかった。このうえ、やっと出られた哲学カフェのテーマまで『震災』だなんて!」と嘆く方もいました。
「岡山は大丈夫」という方が多い土地で、これだけ「震災」との距離感が異なる人たちが集まり、それぞれが「自分にとっての震災」を率直に声に出せたことが、まず今回の成果のひとつかなと思います。

もうひとつの大きなポイントは、「人間と知の関係」とでもいえばよいのでしょうか。

まず第一に、前田さんの「『想定外』の被害が出るのは、私たちが都合のいい想定しかできないからだ」というご指摘。阪神・淡路大震災からずっと専門家として防災に携わってこられた前田さんの、専門家としての反省と当事者としての実感の込められたその言葉の重みを感じました。

「いつかくるかもしれないけれど、どこかで明日ではないだろうと思ってしまっている自分がいる」
「いざ災害が起こったら、自分はいつもより元気に動いてしまうんじゃないか」
「体験しないとわからないから、3日間水だけで生活してみた」
どれも「都合のいい想定」かもしれません。
震災が明日こないとは限らないし、災害時に置き水や井戸や湧水が使えるという保証もありません。
街がや熊本城のような「そこにあるのが当たり前」だったシンボルが崩壊したときの喪失感だって、とても想像できるものじゃない。
震災を体験してる前田さんだって「次にまた震災に遭っても、やっぱり『想定外』なことがあると思う」と言う。

でも、その一方で、阪神・淡路大震災、東日本大震災の教訓が、瓦礫撤去や支援物資の支給などに役立っていたりする。
3日間水だけで過ごした経験がない状態より、その経験があるほうがいくぶんタフになっている気もする。
震災をきっかけに引きこもりから脱した人がいたり、「日常に弱く、非日常に強い」人はは実際にいる。

私たちの想像力の限界と、経験や本能の可能性との両方を感じました。

いま書きながら思ったのですが、最初に触れた「距離感」も、もしかしたらこの「想像力」や「経験」と関係あるのかもしれません。
3つ目の大きな論点、障害者や持病をもつ人などマイノリティの防災や支援の問題も、何か関係しそうです。

当日、熊本地震への義援金を募りました。
「たいしたことはできないかもしれないけれど、できることで迷惑にならないことがあれば、やってみよう」と思っていたところに、カフェフィロのメンバーが提案してくれました。
集まった12,034円は、カフェフィロ、赤十字を通じて被災者へお送りします。



終了後、派生テーマとして「募金」や「備える」というテーマでもやってみたい!という声がありました。
一息ついてから改めて、みなさんと考える機会をつくれたらと思います。

次回開催は7月31日(日)14:00〜。
テーマは、「なぜ私たちは哲学するのか?」です。
詳細はこちらをどうぞ。
(近々、カフェフィロHPでも案内させていただきます。)

2016/06/08

朝日新聞(リレーおぴにおん)カフェより

こんにちは、まつかわです。
先日予告した記事がネットにも掲載されたので、リンク貼っておきますね〜。

(リレーおぴにおん)カフェより:5 一期一会、どこでも哲学 松川絵里さん


記者さんが、初めての方にもわかりやすいようにまとめてくださいました。
実際のインタビューはけっこう長時間になってしまい、もっと端的に自分の考えを表現できるようにならねばと、ちょっぴり反省。
他の方のカフェ話も、今後の参考にさせていただこう。

2016/06/06

6月8日の朝日新聞にインタビューが掲載されます

こんにちは、まつかわです。

6月8日(水)の朝日新聞に、私のインタビュー記事が掲載される予定です。
オピニオンという特集記事の「カフェ」特集ということで、哲学カフェのお話をさせていただきました。

取材のご依頼をいただいたときに気づいたのですが、よく考えてみれば、私、一般的に「カフェ」と呼ばれる場所ではあんまり経験がないんですね。
区民センターとか、公民館とか、男女共同参画推進センターとか、大学のまちなかキャンパスとか、地域のコミュニティスペース的なところが多いんです。
とはいえ、哲学カフェをするときには「カフェ的な場とは何か」ということを常に意識しているので、それでもいいですか?ということでお話させていただきました。

お馴染みさんには聞き飽きた話かもしれませんが、読んでいただければうれしいです。