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2011/03/30

中之島哲学コレージュ「声で聴く、ソクラテスの対話」

こんにちは、まつかわです。
3月25日に開催した中之島哲学コレージュ「声で聴く、ソクラテスの対話」の感想が届いています。いくつかご紹介しますね〜。
「『朗読』という情報受容(発信)のやり方(コミュニケーションの方法)を選んだこと(企画の意図)が、単なる黙読と較べて、効果をあげたのか?(という、問いをたててみた) 参加者一同がテキストを共有するのには、有効なのだナ!」 

「聞いていると、本当にソクラテスに説得されているような感じがした。
声なので、しっかり集中して聴いていないと、すぎていってしまって、わからなくなってしまうので、とても集中して聴くことになって、よかった」

他にも、門脇さんの朗読(&声!)に賞賛の声多数!!

「「正義」と「不正」の話はおもしろかったです。色々な意見や考えが聞けておもしろかったです。」 
「立場の違い(逃がしたい人と法を守って死ぬ方を選ぶ人)がとても鮮明でしたが、ソクラテスが若者に悪影響を与えるからこそ投ごくされているはずなの「自分は法を守る」という考えを突らぬく姿勢からは、他人に悪影響を与えるとは思えないような気がしました。今回は一部分だけでしたので一度全て読んでみてまたどんな風に感じるのか確かめてみたいと思います」
「私は、ソクラテスはとても人間が大好きで、信じている人なのだと思いました。多くの人達によって決められた法によって、死を宣告されたのだから喜んで(という程でもないだろうけど)受け入れたのだと。受け入れることを選んだのだと思いました。結局、自分自身で選ぶしかないのだな、と思い知らされました。」 
「今日のテーマは、とても難しかったです。死刑のことについて、あまり深く考えたことがなかったので、皆様のさまざまな意見を聞けたことが、とてもよかったです。答えのない問題について考え続けていくことは、エネルギーのいることだと思いました。」
「時代背景が分からなかったので、どう考えればいいのか困惑しつつ聴いていました。哲学は生きる上で必要ない(なくとも良い)と思いつつ、何故か聴いていました」
 
ちょっと厳しいご意見(=改善案)もいただいております。


「議論のポイントと方向性を導入口に設定すれば、始まりがスムーズになるのではないかと思える」
むむむ、これはどの企画でも難しいところですね。どこまで、企画者から方向性を提示するか、どこから参加者とともに作っていくか・・・。
「エエ声で明瞭な発音でまるでNHKラジオドラマみたいだが‥‥ソクラテスとクリトンは別の人が演じた方が良かったと思う。同じ声だと途中でどちらの発言が分かり辛い。「クリトン」「ソクラテス」というセリフが呼びかけか、ト書きか区別出来ない。」

同様のご意見を他にもいくつかいただきました。わたしもラジオで落語を聞くとどっちがどっちのセリフか混乱するほうだったり‥‥。


最後に、参加者からのリクエストも紹介しておきましょう。
「哲学ではないですが、マックスウェーバー著「職業としての政治」の朗読があればいきたいです。」
ああ、いいですねぇ。哲学になるかどうかは、私たち次第ではないでしょうか。

今回は哲学cafeに参加してから初めて哲学者が取り上げられるということで楽しみにしておりました。 皆さんから多くの意見が聞けてとても有意義でした。又、哲学者取り上げて下さい。2時間じゃ短い、休日にぶっ続け5時間とかでもありです。」

ぶっ続け5時間とかもあり、ですか(驚)!
駅構内でできるかどうかは謎ですが、ぜひカフェフィロのみんなと検討しましょう。


最近、裏方の仕事に追われてなかなか会場に足を運べずにいますが、こうして参加者のみなさんの声を聴くと、会場にいるのとはまたちがう臨場感を味わえますね。

2011/03/27

中之島哲学コレージュ「声で聴く、ソクラテスの対話」

 こんにちは。たかはしです。もうすぐ四月とは思えない寒さですが、みなさんお元気でいらっしゃいますか。
 被災された方の厳しい状況にこの寒さが重なっているのかと思うと、花冷えの気候までうらめしく思えて来、はやく春になってほしいと思う毎日ですが、よく目をこらすと、ミモザもムスカリも木蓮もいつものように咲きはじめ、桜の木々も枝の先まで春のエネルギーで満ちているようです。
春も、希望も、見つけるものなのかもしれません。

 中之島コレージュ「言葉と/で・・・」の最後の企画となった「声で聴く、ソクラテスの対話」が行われた3/25も冷える日ではありましたが、30名を超える方にお越しいただきました。
「言葉」をテーマにした一風変わった連続企画に参加してくださったみなさん、ありがとうございました。「論理的な言葉」「書かれた言葉」という従来の哲学のイメージとは違うかたちで、哲学の言葉の響き、手触りに触れていただければと思い企画しましたが、お楽しみいただけたのであれば幸いです。

 この企画の最後は、以前からやってみたかった「哲学の言葉を声で聞く」ということにチャレンジしました。プラトン作ソクラテスの登場する対話編から「クリトン」の一部を、俳優であり演劇のプロデュースをしておられるゲストの門脇さんに朗読していただき、その後参加者のみなさんと話し合いました。参加者の方のご意見にもあったように、門脇さんの深みと芯の通った声は、哲学の言葉によくフィットしていて、30分の朗読でしたが、プラトンやソクラテスの世界がそこにたちあらわれたかのようでした。

 朗読後は、不当と思われる死刑の判決を受けてもアテネの都市国家を立ち去ろうとはしないソクラテスについて、ソクラテスは何を考えているのか、自分がソクラテスだったらどうするか、そうまでしてソクラテスは何をしたかったのか、などが参加者の皆さん、門脇さんも交えて話し合われました。
 印象に残る意見が沢山ありましたが、ひとりの方が「ソクラテスが今逃げてしまったら、この問題を問題として考えることはできなくなる。この問題を無くさないために、問題を問題として考え続けるためにも、ソクラテスはアテネにとどまったのではないか」ということをおっしゃったことがとても心に残っています。

 進行をしながらお話しましたが、私自身が「クリトン」を読み返して一番に思ったのは、福島で哲学カフェに関わってくれている方のブログのことでした。その方は福島県を今ご自分が出るべきか否かを繰り返し考え、ブログの読者にも問いかけられています。私自身であればどうするのだろう、この方に私が言葉をかけるとしたらそれは何なのだろうとずっと(大きなお世話ながら・・・)考えていたのですが、先のご意見を聞いて、何か視界が開けた気がしました。ソクラテスは死刑から逃げなかったのではなく、問題から逃げなかったのかな・・・そんなことを思いました。

 本編が終わった後は、ゲストの門脇さんたちと、このような哲学の言葉を声で聴くというシリーズをこれからも続けていけたらいいね、というお話をしました。私も引き続き声で聴いてみたい哲学書を何冊か準備しつつありますが、みなさんも、こんな本朗読で聴いてみたい、朗読してみたい、ということがあればぜひ教えてください!

2011/03/26

伊勢で哲学カフェがはじまります!

まつかわです。

2月にグリーングラスの哲学カフェに参加してくださった森さん(カフェフィロ賛助会委員)より、伊勢で哲学カフェをはじめますとご連絡いただきました。

第一回目は4月19日(火)19:00~21:00
くわしくはコチラをご覧下さい。

場所は近鉄伊勢市駅から徒歩5分。
近鉄沿線の方は参加しやすいのでは?
予約不要とのことなので、お近くの方はぜひご参加ください。



カフェフィロでは、「自分でも哲学カフェをひらいてみたい!」という方を応援しています。
こんなふうにブログでご紹介したり、前月15日までにお知らせいただければイベント情報をメールマガジンに掲載することも可能です。
「哲学カフェはじめるよ」という方は、ぜひ事務局までお知らせください。

2011/03/25

小金井哲学カフェ(3/26)は中止です

まつかわです。
すでにメルマガ4月号でお知らせしましたが、3月26日に開催が予定されていた小金井での哲学カフェは地震の影響で中止されるそうです。
山本さん、大変ななかカフェフィロまでお知らせいただきありがとうございました。


主催者の山本さんより


先日の地震の影響で余震や交通機関の混乱等もあること、また開催地である小金井市は、計画停電の範囲内で、今後の復旧の見通しも不透明なこともあり、今回は中止が妥当と判断いたしました。大変ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。

 山本和則 

また、せんだい哲学カフェを担当されている西村さんは、幸い、無事とのこと。
仲間の無事を知り、カフェフィロ一同ほっとしていますが、被災地は大変な様子。
この場をお借りして、被災地のみなさまに心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く復興しますように。

2011/03/20

哲学カフェ/生活が充実しているとはどういうことか。

くまです。

先日、とよなか国際交流センターで哲学カフェを行いました。

進行役の杉山さんは、哲学カフェの進行初トライでした。
感想をいただいているので、掲載しておきます。

参加していただいたみなさま、ありがとうございました。


杉山です。今日の哲学カフェの感想です。

進行役をやらせていただくのが初めてだったからか、それともテーマの立て方が少々まずかったのか、序盤は「何が充実した生活かは人それぞれだ。」、「その人自身が充実していると思っているならそれでいいのでは。」といった身も蓋もない感じでどう議論を進めたらいいか分からず、この先一体どうなるかと不安でしたが、ある方の提案で参加者皆さんそれぞれの充実の定義を聞いていったあたりから徐々に軌道に乗っていったような感じでそれ以降は次第に発言も活発になっていったのでとりあえずホッとしました。

個人的には議論を聞いていて、何を充実した生活と感じるか、人生の中で何に価値を置くかはもちろん人によって違うわけですが、ある程度の共通点として「目標に向かう」ということがひとつポイントになっているように思いました。自分はどういう生き方がしたいとか、どんな人間になりたいとか、何を手に入れたいとか、具体的な対象は人それぞれですが、何かに向かって頑張っている人は活き活きとしているように見えますし、僕個人の感覚としても、目標を達成してしまった後よりもその目標に向かっている時の方が楽しいように思うので、それはなんとなく分かるような気がしました。結局、必要なのは目標となる対象そのものというよりむしろ目標に向かっている時間の方なのではないかと思いました。

それで、具体的に何に価値を置くかは人それぞれでそれを決めるのはその人自身だということになるのですが、では自分が満足感を得られさえすれば何をしてもいいのか、結局は全部自己満足で済むのかというような話になっていったわけですが、そこにはある程度社会的に求められる価値観や生き方があったり、自分自身が思う充実した生活と他人から見た充実した生活との違いとか難しい話もありましたが、その中で、価値観は人それぞれであっても少なくとも自分の行為や生き方に対して負い目を感じないというか、否定的な捉え方をしないということも充実の条件に含まれるのではないかという金さんの指摘はなるほどと思いました。そういったような社会的な条件をより良い充実感を得るためのための条件と見るか、個人の充実を阻害するものと見るかは参加者によって異なっていたようでした。

あと、最後にこれも参加者の一人の提案で「この時間は充実していたか」を皆さんにお聞きした時に多くの方に充実していたと答えていただけた時にはさらにホッとしました。非常に拙い進行でしたが、参加者の皆さんがすごくやさしかったのと、この時間が少しでも役に立ったと言っていただけたことがとてもうれしかったです。

杉山知紀

2011/03/16

哲学ファシリテーター入門「NSDを経験する」

みなさま

くまです。

3/12-3/13の二日間に渡って、セミナーを行いました。

NSD(ネオ・ソクラティック・ダイアローグ)という対話法を
最後まで行い、みなさん、へとへとになった様子。

問いは「思いやりとは何か」で、この問いかけに、
みなさんが経験した具体的な例から、全員が合意する答えへと
向かう、というワークでした。

満足していただけたようで、なによりです。

簡単な報告ですが、今後も、セミナーに乞うご期待!

2011/03/15

3/9 中之島哲学コレージュ「笑える悪口」参加者の感想

こんにちは、たかはしです。

 中之島哲学コレージュに参加された方の感想をこちらで紹介しようと思ったのですが、コレージュがあった3/9からわずか一週間の間に、大きな地震が起き、私たちの置かれている状況も大きく変化しました。
 まずは、今回の震災で被災された方、関係者の方にお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方、関係者の方にお悔やみを申し上げます。

 カフェフィロの仲間でも仙台や関東において被災した者がおり、てつがくかふぇ@せんだいの活動に関わってくれているみなさんも困難に直面されていると思われるため、カフェフィロとして何ができるのかを考えたいと思っています。
 今被災された方が必要とされているのは燃料、食料、衣料品、衛生用品など具体的なモノであると思いますが、それらが一刻もはやく、必要とされるみなさんに届くことを期待し、そのために行動することだけでなく、これまで我々が続けてきた「共に考える」営みがこうした状況で何らかの力を持つことがあればよい、あってほしい、と思っています。
 
なお、HPで告知されると思いますが、19日の東京哲学カフェは急遽取りやめになります。

さて、3/9の中之島哲学コレージュ「笑える悪口/悪口を笑う」に参加された方の感想です。
主催者としては、個性的な企画だったので、賛否両論含めみなさんの色々な意見が聞けてよかったと思っています。寒い中、一風変わった企画に足を運んでくださったみなさん、ありがとうございました。

・笑いとは、悪口とは、がアイマイなまんまで全体的にふわふわしていたような気がしました。

最終的に笑える悪口が自虐しかないみたいなことになるのも・・・マジメ村かっ!(20代、男性)


・自分自身が作った悪口がただの悪口なんだなあ~と思いました。自分が笑う、あるいは笑わせるためにはテクニックだけでなく言葉の選び方も大切であると感じました。面白い企画でした。ありがとうございました。(30代、男性)


・隣の人がいなくなったと思ったら、アンケートに「笑えなかった」と書いてあった。理屈が先にたったら笑えない...かな?私も笑える例が出せなかったのだけれど....(40代、男性)


・人間関係を考えていく上で、作っていく上で、何かためになったきがします。笑いは自虐的なことを初めにする、ギリギリのところをかすめる、そこから生まれるのが腹から笑える笑いだと共感します。(30代、男性)


・悪口って何かを改めて考える機会になりました。直接言う表現の悪口しか思いつけない自分は余裕がないのか、頭に血がのぼっているのか、ごいがないのか、単純なのか...頭冷やして、ユーモア力を磨こう!と思いました。(30代、女性)


・自分はふだん思ったより悪口を言ってないなあと思った。

やさしい心をもっているとかじゃなくて、知性がたりないからだと思います。悪口には知性がとてもいる!!!

だいたいへらへらして話をずらしてやりすごしています。

いっぽうで、そんなつもりじゃないけど悪口になっていることもおおいのでいろいろあかんな とおもいました。

かしこくなりたいです。(20代、女性)


・自分がまず笑えたらいいやんっている考えがいいなと思いました。気軽で。裏にも少し書きましたが、また何かの機会に笑いのテーマで話される際にききたいことです。(30代、女性)


・お題に対する答えは自分のが一番おもしろいと思いました。(笑)

こんなに深く悪口と笑いについて分析するとは思わず興味深かったです。深いですね。

世代によっても考えが違うでしょうし、もっと若い人達が来て意見くれたらおもしろかったかもと思いました。(30代、女性)


・「笑える悪口」の笑えるラインはどこにあるのか、ということをみつけたいと思い、少し思い切った「悪口」をひろうしてみたのですが、思わぬ波紋にたじたじでした。でもとても勉強になりました。「悪口」の達人への道は遠い。(30代、女性)


・笑いに対してこんなに向き合っている集団はまれだと思うので、そのこと自体がおもしろいと思った。仕事の場では味わえないから貴重な経験でした。(20代、男性)





2011/03/10

中之島哲学コレージュ/セミナー「笑える悪口/悪口を笑う」

「お気に入りの悪口を披露する」














「参加者の考えた悪口を読み上げる」













ゲストの菊地建至さん(「きくちの楽屋」主宰)
楽しい時間、どうもありがとうございました!





2011/03/07

シネマ哲学カフェ『369のメトシエラ』


みなさま

くまです。
『369のメトシエラ』
という作品でシネマ哲学カフェをを行いました。参加者は10名ほどです。
参加していただいた皆様、ありがとうございます。

おもしろい映画なので、予想どおり盛り上がりました。楽しかったです。

簡単に報告します。

60歳くらい年上の女性と結婚することになる主人公。親から捨てられた過去を持つ主人公は、そのことを隠しながら強く生きてきた。
他人に依存してしか生きることができない同性愛者の青年が部屋に転がり込んできたことで主人公の生活は変わり始める。

他人に依存して孤独を埋めるのか、他人とは全くかかわらず、孤独のうちを生きるのかという現代に典型的な人物像のいずれもが、何らかの病いをかかえている。

他人とかかわることができない、親に捨てられた、親とうまくいかないというトラウマを描いた映画だったのではないか。

その解決は、自分と同じものを他人の中に見ることで、自分が何かがわかってくることでなされるのではないか。
救い主になる老婆も実は別の孤独をかかえていたのだ。

といったことが話されました。

2011/2/27 中之島哲学コレージュ「言葉のスケッチ」参加者の感想

こんにちは、まつかわです。
2月27日に開催された中之島哲学コレージュ/哲学セミナー「言葉のスケッチ」、盛り上がったようですね。
残念ながら私は参加できなかったのですが、参加者の感想が届いたのでご紹介させていいただきます。

雲の話でこんなに何時間も楽しく話をすることが出来るのにおどろきました。 対話とドローイングの関係もしっくりきていて楽しめましたが途中アーティストの方の意見やコメントももう少しおうかがいしたかったです。ありがとうございました!」

「雲についてみんなよくしゃべるなと思った。
 普段からみんな雲に注意して?生活していたのか。

 
「5感覚で見る世界と、イメージの世界は違う。
 みんな脳の限界を超えたところにイメージをはせているように感じた。

 
「雲という身近なものが、参加者の人たちの言葉で様々な形で語られていくのは興味深かったです。いつも視界の端に存在している身近なものである雲、ですが同時に触れることのできない遠い存在でもある雲というものの不思議さをあらためて思い知りました。」
 
「目が見えない事。
 目が見える事。
 雲というものは表現においてあまりその事は、関係ないのかも?
 とても面白い作品だと思います。」
 
「同じ言葉でも色んな表現方法、イメージ、とらえ方がある」
 

「雲の手ざわりというテーマに多くの意見が出ておもしろかった」
 
「パフォーマンスが見れなくて残念です。」
 
「本日のテーマは、雲について考えることでしたので、とても興味深かったです。
 自分なりにいろいろなイメージを抱くことができたので、とても楽しかったです。
 発言も少しできたのでよかったです。これからもまた参加していきたいです。」
 
「雲のイメージを普段考えたこともなかったので、とらえるのが難しかった
 表現の作成過程を見たのが始めてだっだのが面白かった。」
 
「途中から参加したのですが、作品をみててきもちよかったです。
 みなさんの作品に対するコメントも」
 
「言葉と表現と「イメージ」との関わりを面白く体験できたなと思います
 とても楽しかったです」
 
「雷雲に入った経験の話にとても驚いた。」
 
雲についてこんなに長く話し合ったのがはじめてだったのでちょっと不思議な体験でしたが、楽しかったです。普段それほど深く雲について考えたことがなかったのでイメージを言葉で説明するのがこれほどむつかしいと思いませんでした。自分の言語能力の低さにちょっと失望しました。」
 
「意外と、資格は言葉になり、言葉は、視覚的イメージになれるんだなと思いました。視覚(見た)と思っていたものが、それ以外の感覚からのインプットなのかなと思います。「手ざわり」についてはもっとほり下げる可能性があるような気がします。」
 
「ライブで描かれる様子を拝見させて頂けて貴重な体験でした。
 言葉が与えるイメージについて考えを巡らせることが出来ました」
 
光島さんの方にイメージをつたえる事がなかなかむずかしくもあり楽しくもあった。
 光島さんの作品が実際できてみると雲がみえました。」
 
「とても面白くて、水島氏を存知上げる事ができたことも良かった!またこのような場があればと願います!開催ありがとうございました!!」


わたしが一番びびっときた感想はこちら。


「正直いうと自分が満足がいく切り口ではなかった。 しかしでは自分が納得がいく「雲」のテーマの切り口とは何か、と考えさせられた。」


哲学で一番大事なのは「妥協しないこと」という師の言葉を思い出しました。
納得のいく「雲」の切り口、一緒に考えたくなります。
もちろん、「おもしろかった!」という声が私たちの活動の一番のエネルギー源ですが、こういうピリッとしたコメントも、とてもうれしい。




3月の中之島哲学コレージュのテーマは、ひきつづき「言葉と/言葉で・・・」。
二つのプログラムをご用意しております。

3月09日(水)19:00~21:00 哲学セミナー 「笑える悪口/悪口を笑う」
3月25日(金)19:00~21:00 哲学セミナー 「声で聴く、ソクラテスの対話」



詳しくは、カフェフィロHPのこちらのページをご覧下さい