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2016/01/11

1/24 小金井哲学カフェ「奇説、珍説」とセミナー講師変更のお詫び

こんにちは、まつかわです。

土日に、NSDセミナーに参加されたみなさん、おつかれさまでした。
インフルエンザにかかってしまい、急遽、講師が変更になり申し訳ありませんでした。
代わりに講師を務めてくださった高橋さんからの報告で、無事、みなさんで答えまで辿り着いたとうかがいました。
私も立ち会いたかったけれど‥‥熱が39℃あったので、無理してみなさんにうつしたりしなくてよかったです。
無事開催でき、参加してくださったみなさんと、高橋さん、スタッフの赤井さんに大感謝です。


さて、小金井哲学カフェの佐土原さんより次回開催のお知らせです。


小金井哲学カフェを開催します。
哲学の知識は不要です。
どなたでもお気軽にご参加ください。

・日 時:1/24(日) 15:00-17:00
・テーマ:奇説、珍説
・進 行:佐土原
・場 所:シャトー2F(ニーエフ)カフェ
(東京都小金井市本町6-5-3 シャトー小金井 2F)
・料 金:無料(カフェで飲み物などのオーダーをお願いします)
・予約は不要です。開始時間までにお越しください。

小金井哲学カフェ便り


2015/11/13

ごめんなさい、2つ。哲学Barの中止とNSDセミナーのこと。

こんばんは、まつかわです。
今日は、みなさんへが2つ。

まず一つ目。
11月15日(日)に予定されていた哲学Barは、進行役の都合で中止させていただきます。
ごめんなさい。
お申し込みくださったみなさんには、すでに担当の山本さんからご連絡が届いているかとおもいますが、念のためこちらでもお知らせしておきます。
今回扱う予定だったテーマは、次回取り上げる予定だそうです。
お楽しみに。

それから、二つ目。
1月に関西でネオ・ソクラティックダイアローグ(NSD)のセミナーを開催します。
が、あっという間に定員が埋まってしまい、今はキャンセル待ちの状態です。
ごめんなさい。
もし「キャンセル待ちでも申し込みたい」という方は、こちらをご覧ください。
キャンセルが出た場合は、キャンセル待ちのお一人目から順にご連絡させていただきます。

キャンセル待ちがあまりに多いようなら、今年度中にもう一回ぐらいできないかどうか考えてみようかなぁ。

ひとまず、無事お申し込みできたラッキーなみなさん、お会いできることを楽しみにしております。
特に準備はいりません。
ただ長丁場なので、お互い体調を崩さぬよう気をつけましょう。


2015/08/14

NSD感想「『全員で登っている』という感覚」

こんにちは、まつかわです。
お盆真っ只中、みなさんいかがお過ごしでしょうか?

7月に東京で行われたネオ・そくらティックダイアローグ(NSD)
のセミナーについて、ご受講くださった吉野さんより感想が届きました。
掲載の許可をいただいたので、ご紹介させていただきます。
特に、学校の授業に対話を取り入れたいという方、必読です!



勤務している高校で、補習として哲学対話に近い形で「現代文・小論文ゼミ」を行っています。その後早速、NSDで学んだ「誰も遭難しないこと」をより意識して進行するようになりました。やはり、いかに有限の時間の中で、全員が前提を理解し合意し、(私たちが感じたような)満足感を伴って下山までたどり着けるか、というのが難しいところではあります。しかし以前よりも、教室が「全員で登っている」感覚を増した気がします。そして「松川さんだったらこういう場面でこういう確認をしたな」とかを思うことが多く、改めて学ばせていただいたことにお礼申し上げます。

また、「全員が合意を形成していく」ということは、NSD前には「その通りだな」と思っても、体験することによって、その一段深い徹底ぶりと心地よさに驚き、体得することができました。学校教育では「学びの共同体」の理念の中で「一人残らず学びを保証する」という言い方がされますが、その目指すべき次元だけでなく、一人の尊い人間、共同体の成員、あるいは将来の市民として「理解」と「合意」をしていくことの心地よさを目指すものとして、理解が深まったように思います。

(吉野真文さん/春日部女子高校教員)



さて、吉野さんの感想のなかで、山登りの比喩がたくさんでてきました。
これは、セミナーで私が、NSDを山登りに例えて説明させていただいていたからです。

NSDには決まった手順があり、各々のステップで全員が合意(「納得」といったほうがわかりやすい人もいるでしょう)してから進むというルールがあります。
これ、頭で理解するのは簡単かもしれませんが、実際に実現するのは非常に難しい。
ついつい、「ちょっとひっかかるけど、みんながOKって言ってるからいいか」と、十分に納得できないまま進んでしまいます。
そして、その小さなひかっかりが、必ずと言っていいほど、後で大きな障害となって現れます。
ときには、対話を続けるのが困難な状況に陥ることも。

‥‥‥と言っても、体験したことのない人にはピンときにくいので、私はセミナーの最初にこう説明してます。
「NSDは山登りと一緒。①プロセスが大事、②時間と忍耐が必要、③置いてけぼりをつくらない!」。
すると、みなさん2日間の覚悟もできるし、遭難する前に「ちょっと、ひっかかるんだけど」、「疲れて頭が回らないから休憩したい!」、「いま山登りでいうとどの辺り?」というふうに、みんながどんな状態で今どこにいるのか、確認しやすくなります。
そして、「遭難」(対話を続けるのが困難な状況)を避けることができます。(哲学対話における遭難も、大抵、ちょっとした危険を見逃すこと、もしくは、現在地を見失うことから生じます。)

NSDセミナーは、 説明だけではわからない哲学対話の醍醐味を体感していただくための講座。
それはまさに、吉野さんがおっしゃる「『全員で登っている』という感覚」のことでしょう。

明日から2日間、大阪で「スピリチュアルケアについてのNSDセミナー」が開催されます。
参加されるみなさん、ぜひ対話の醍醐味をご堪能ください!


2015/08/06

NSDセミナー「役に立たないものにも価値はあるのか?」

こんにちは、まつかわです。
お待たせしました。
先月7月25日から26日にかけて、東京で開催したNSDセミナーのご報告です。

1日目の午前中。
ネオ・ソクラティックダイアローグ(NSD)について簡単に説明させていただいたあと、みんなで考える問いを考えます。
たくさんあがった問いのから、選ばれたのは「役に立たなければ価値はないのか?」。
これに決まりかけましたが、「ない」という否定形で終わる問いでいいのかどうかという疑問がわき、再度みんなで本当に考えたいことは何かを話し合うことに。
その結果、みんなで問いを「役に立たないものにも価値はあるか?」とつくりなおし、


つぎに、この問いに関する例(私の体験)をあげていきます。
個人情報が含まれるので詳しくは書けませんが、資格やバンド活動、ラーメン店行脚などの経験から、卒業アルバム、間違って購入したソフト、おへそなど、14もの例があがりました。
しかし、なかには、「それって結局、役に立ったってことじゃないの?」といったツッコミが入るものも。
本人が「役に立たないけれど価値がある」と思っても、他のある人にとっては「それは役に立ってると思う」というものがたくさんあることが判明。
全員が「役に立たないけれど、価値はある」と認めるごく少数の例から、さらに、全員が関心をもてるか、質問など吟味にたえられるか、なども考慮して、野球などチケットの半券の例が選ばれました。

その後1日目の後半から2日目にかけて、半券の例について、まるでショートムービーの脚本をつくるように楽しく記述したり、記述した文章から何がポイントか議論を重ねながら吟味を重ね、でてきた答えがこちら。



答えだけみると、とてもシンプルです。
シンプルすぎて、NSDを体験したことのない人のなかには、「2日間もかけて、この答え?」と思う人もいるかもしれません。
しかし、このシンプルな答えにたどり着くのが、どんなに大変なことか、体験したことがある方ならわかるでしょう。
実際、NSDセミナーで、全員で答えまでたどり着いたのは何年ぶりかというぐらい久しぶりのことです。

※全員で答えにたどり着けるかどうかの大きなポイントは、おそらく、例のシンプルさです。答えまでたどりつけなかった回の参加者が、劣ったりサボったりしていたわけでは決してありません。

※※今回、「思う」と「確信する」に絞りきれず、両方の表現を残しました。ここまで絞り込むまでに、「認める」、「考える」、「実感する」など、他にもたくさんの候補がありました。他の言葉も適当に選ばれたのではなく、そうした細かい吟味を重ねた結果、選ばれたものです。

もちろん、他の回と同じく、途中で「全員が合意できる答えがたどりつけるだろうか」と不安になる場面もなかったわけではありません。
そんななかでも、全員が率直に、妥協せず、かつ柔軟に対話を重ねることができるか。
そのためにはどうしたらよいか。
みなさん、互いに、そして自分自身を信じて、対話を重ねてくださった成果です。

今回のセミナーの目的は、そのプロセスを体験していただくことであり、最終的な答えはおまけのようなものです。
答えが出ればいいってものじゃありません。
でもやっぱり、こうして全員で答えを出せると、進行役としてほっとするのも事実。

参加してくださった9名のみなさん、おつかれさま。
そして、全員で答えにたどり着くという貴重な場面に立ち会わせてくださって、本当にありがとうございました。


ただいま、8月29日(土)、30日(日)に東京で開催する哲学ファシリテーターセミナー「質問力を鍛える?!」の追加募集をしております。
両日とも若干名の募集になります。
ご関心のあるかたは、こちらのページをご覧ください。


2015/06/05

7/25〜26 哲学対話入門:NSDを体験しよう(東京)

こんにちは、まつかわです。

以前ブログでもちらりと予告していた、NSDセミナーの参加受付がはじまりました。
7月25日(土)〜26日(日)の丸2日間、じっくり哲学対話に浸ります。
詳細はこちらのページをご覧ください。


定員10名のところ、すでに7名の方にお申し込みいただきました。
(メルマガのお知らせからまだ30時間ぐらいしかたっていないにもかかわらず、です。)
プログラムの内容上、どうがんばっても10名が限界です。
参加をご希望の方は、「油断してたら申込みが締め切られてた!」ということのないよう、この週末にご検討いただくことをおすすめします。

少人数で採算ギリギリですが、この講座でしか味わえない哲学対話の真髄をみなさんと味わえるのを楽しみにしています。

2015/02/28

NSD感想「合意できないのはどういうことか」

こんにちは、まつかわです。
NSD参加者の感想、最後は、尼崎でのNSDセミナー実現のために、スタッフ兼参加者としてがんばってくれた、かしゅうさん、こと赤井郁夫さんの感想です。


合意できないとはどういうことか

念願だった地元での「NSD体験セミナー」が実現し大変嬉しく、松川さんはじめカフェフィロの皆さまにお礼申し上げます。
今回は2回目のNSDでした。合意できないとはどういうことか考えさせられました。

NSD
では合意しないと前へ進めないルールがあるので合意が難しい局面を避けざるを得なくなることがあります。
今回、合意が困難な局面と比較的容易な場合とを比較する事が出来る状態になったところが私には面白く感じられました。

合意しない、合意を得られない状況から何がどう変化すると合意に至るのか、納得するという過程を通さないと合意はできないものだと思いますが簡単に納得できる場合、困難な場合それぞれの理由は見えにくいようです。
合意に至らない溝を埋める方策をあまり持っていない事に気付かされましたが、参加者が積極的であることは大事だと思いました。譲ることとか、妥協するということはどういう事なのでしょう。

合意に至らない事態に戸惑う体験を通じて多数決による「合意形成」の危うさに改めて気がついたことも収穫でした。
講師の松川さんと参加していただいた方々と一緒に貴重な時間を過ごせました。ありがとうございました。また受けてみたい私の好きな講座です。

(かしゅう=赤井郁夫


そうそう、私も今回は、合意に至るのが困難な場面と、比較的すんなりいく場面とのコントラストがはっきりしているように感じ、興味深かったです。
講師という名の進行を務めさせていただいた私にとっても、そこから学ばせていただくこと、考えさせられることがたくさんありました。
貴重な時間を割いて参加してくださったみなさんに、改めてお礼申し上げます。
何度参加しても(本人の意欲次第で)学びや気づきを得られるワークなので、いつかまた、リピート(あるいはリベンジ?)していただければ。
2015年度も、関西と関東1回ずつは開催できるといいなと考えています。

そして、3月の東京でのセミナーはまた違う内容になります。
NSDにも通じるところがある一方で、新たな出会いと学びもある予感。
ワクワクしています。




2015/02/27

NSD感想「自分の例が選ばれてほしかった!」

こんにちは、まつかわです。
NSDセミナーの感想、4人目。
今日は、NSDの窮屈な側面を率直に指摘するご意見です。
主催者としてこういう感想を取り上げることはあまりしないかもしれませんが、これもNSDの大きな特徴だし、終わった瞬間、真っ先に「また参加するぞ!」と表明してみんなを笑わせたのもこの方だったので、思い切って掲載します。



自分の例が選ばれてほしかった!

「許す」というテーマで話し合うことになった。
私の体験談を取り上げてほしくてたまらなかったのだが、惜しくも成らなかった。この体験談については、何度も自分の中で反復してきた経緯があり、何を聞かれても平気だという自信があっただけに返す返すも残念であった。
この時点で、テンションはガクンと下がった。

やはり自分の例が採用されなかったことが、最後まで尾を引き、セッションにのめり込めなかった感は否めない。
私が、自分の例にこだわったのは、その方が楽しいし、また自分自身にとっても得だからだ。それが成らず、他者の例だとテンションが下がってしまった、というのも考えてみれば自己の未熟さを晒してしまったとも言える。
大きな疑問点としては、例としての体験談が、完全に許したという結末でなければならない、という点である。私の例では、完全に許してはおらず、いまだに澱のようなものが心の中に残っているのだ。しかし、その澱のようなものの中身を探ってゆくことによって「許す」ことの本質に迫ってゆけるのではないかと私は思っている。

ディナーで、たくさん料理が出たけれど、一番食べたかった料理が食べられず、あまり食欲の湧かない料理を渋々食べさせられて消化不良を起こしたとでも言えばいいだろうか。一番食べたかった料理は、噛めば噛むほど旨みが増し、その深い味わいの深奥を知らずにはおけない心地に導くことは必至であったのに、とまたこれは自分勝手な妄想?を繰り広げてしまうのだ。


(ちょい悪)


2日間のNSDだと、せいぜい1つの例について吟味するのがせいいっぱい。
これも、NSDの特徴です。
(1週間のNSDだったら複数の例を吟味することもあるそうですが・・・)
1つしか例を選べないのは、普段哲学カフェでいろんな体験談を手当たり次第話せる事に慣れているとちょっと窮屈な側面かもしれません。

今回、ちょい悪さんが出された例の他にもう一つ、「これがいい!」という人と、「その例はちょっと」という人が分かれた例がありました。
特にちょい悪さんの出された例は「それが『ゆるす』の例とは思えない。本当はゆるしてないんじゃないように思える」という人がいて、しかも、ちょい悪さん自身もそのことを認めてらっしゃったので、NSDの「問いに肯定的に答える例」という条件からはずれてしまいました。
で、最終的に、「絶対にこれがいい!」という人もいないけれど、全員が「それなら、反対ではない」と思える例を選ぶことになりました。

以前の報告にも書いたように、この例を選ぶ場面は、本当に参加者にとって大変だったことでしょう。精神的には最大の難所だったのでは?
でも、これまでの経験上、あっさり全員の意見が一致して選ばれた例ほど、あとあと遭難しかけたりするので、ここでじっくり話し合えたのはよかったと思います。

ちょい悪さんが「僕の例が選ばれてほしかった」とおっしゃていたので私もドキドキハラハラでしたが、最後に「絶対また参加する!それで、今度こそ自分の例が選ばれてほしい!」と言ったときは、ほっとしました。
ちょい悪さんの出された例は本当に興味深かったので、私も、哲学カフェか、別の問いでNSDをするときにじっくりうかがう機会を待っています。

2015/02/26

NSD感想「合意形成の難しさと、そこに向かう勇気」

こんにちは、まつかわです。
3月のカフェフィロセミナー、本日、14日分も定員に達しました。
お申し込みくださったみなさん、ありがとうございます。
これ以後は1日目、2日目ともにキャンセル待ちになります。
どうぞご了承のほどよろしくお願いいたします。

さて、NSDセミナーの感想、3人目です。


合意形成!これは社会的にすごいことをしていると思いました。
こんなにじっくりと、皆がこれでいいか、確認し意思表示するまで待つ合意形成の方法が具体的に存在することに感動しました。

「今回は妥協はむしろしてはいけない場」というファシリテーターの言葉に力づけられ、
それでも時間がせまると途中むりやり納得させて合わせようかと思った時もありましたが、そうするといつもと同じだと思い今回の意味がないと思い疑問がのこることは消えていくまで言いました。

私はいつも少数派のほうなので、少数意見でもおいて行かれずに進んで行けたことで、合意形成のむずかしさを体験する以上に、むしろ元気になり解放感を持ちました。
しかも特別なリーダーなく皆で考え行けたのもよき経験になりました。
 
これから平行線になった時も、少しでも落ち着いて、合意点を見出しながら進んで行けるのではないかと思い向かう勇気が出ました。


(ジゼル)


普段の生活のなかでは、多数派に押されて少数意見の人が我慢しがち・・・。
そういう状況を変えたいと思いつつ、具体的にどうすればいいのかという悩みはよくききます。
NSDを体験すれば、いつでもそういう状況を打開できる魔法のような方法がわかる、というわけではありません。
でも、他者と納得いくまで話し合う「勇気」を得られたのだとしたら、ジゼルさんが2日間のNSDのなかで根気づよく他者や自分と向き合ったからではないでしょうか。
今後の対話活動でも活かしていただけたらうれしいです。


2015/02/25

NSD感想「開かれた心の姿勢」

こんにちは、まつかわです。
昨日に引き続き、NSDセミナー受講生の感想です。
(大阪ではなく、尼崎市でした。大変失礼しました。)


開かれた心の姿勢 

哲学カフェとNSDとの進め方の違いに当初戸惑ったが、哲学対話の可能性を考えるにはよい機会になったと思う。
  
オリエンテーションで「NSDは知識や方法も大切だけれど、姿勢や態度が大切」と言われた。振りかえってみて、NSDで求められる態度とは、参加者どうしの信頼と自己を省察し自己覚知を高める誠実さの徹底、開かれた心の姿勢ではないかと思う。
  
参加者の経験事例から重要な要素を見つけることは他人事として外を向くばかりではなく、自分の経験や自己自身の在り方を根源的に反省し、より普遍的な合意点を自己の内心深部に見つけることでもあるため、自分を直視し、自己を参加者に開示する心理的抵抗を乗り越えなくてはいけないからだ。
    
「いま・ここ」のNSDの中で起きていることを検証するメタNSD的な視点も意識しながらもNSDを楽しめた。どのような可能性があるのかさらに考え続けたい。


BABY METAL


BABY METALさんは全国各地の哲学カフェを渡り歩いているそうですが、よく参加するのは名古屋の哲学カフェだそう。
名古屋でメタ哲学カフェにも参加されているだけありますね。
私が言葉にした以上のことを、実践から汲み取ってくださいました。
ここに書かれている心の姿勢は、哲学カフェにも通じるものだなと思います。


2015/02/24

NSD感想「そこに山があるから登るのか?」

こんにちは、まつかわです。
3月に東京で開催するカフェフィロセミナー、とうとう14日(土)の「哲学カフェのつくりかた」も残席1名になりました!
お申し込み忘れのないようご注意くださいませ。

さて、今日は、1ヶ月前に大阪(失礼しました、間違えました)尼崎でNSDセミナーに参加された方の感想です。
今日から5日間にわたって、全員の感想をひとつずつ紹介させていただきます。


そこに山があるから登るのか?


NSDがなにかも知らず、いつか自分も進行役をやってみたいと言う思いで参加しました。
NSDは、参加者全員で山を登って降りてくる」という説明に、「今回の参加者は5人、2日がかりで1つのテーマなら楽勝じゃん!」と思ったのが大間違い。
全員の意見の一致が無いと進めないことが、こんなに大変だと思いませんでした。

正直、「そうまで持論に固執するか!」「黙ってないで発言してよ」と思うこともあれば、討論に疲れて「ここで自分が譲れば楽になれる」と思うこともありました。
多数決ではなく、全員の納得で登って行かなくてはいけません。
好き勝手発言して、結論は出さなくてもいい哲学カフェがどんなに楽で楽しいか。
多分他の参加者も同じ思いのはず。
それらを脱落者やはみ出し者の無いように、山道を導くシェルパ松川氏の頼もしい姿。
哲学カフェ進行役で見る時とは、また違います。

結局、下山直前で時間切れ、登山ツアーは途中解散となりました。
2日間どころか、このあと1週間は、頭の中で自分が発言し、問いかけられています。
まとわりつくNSD!感想は、「疲れた」と言うのが本音です。
誰と登るか、どこへ登るか、どう登るか、すべて思い通りじゃないから楽しいのかもしれません。
でも、遭難しなくてよかった~!!


(くろ)


そう、この回は、あと1合というところで途中解散になったんですよね〜。
おしかった!!
でも、この回のメンバーが「途中」と感じたところを、「ゴール」と思う人もいると思います。
納得いくまで話し合う!という態度が貫かれていたからこそ、そこに至るまで様々な景色をみたからこその「途中解散」でした。



2015/02/04

NSDセミナー@尼崎

こんにちは、まつかわです。
風邪で1週間以上寝込んでしまい、前回の更新から少し間が空いてしまいました。
すみません。
今年の風邪は喉にきます。
みなさんもお気をつけください。

さて、1月24日から25日の2日間、尼崎で開催したセミナーのご報告です。

今回は、哲学カフェに慣れ親しんだ5名の方が参加されました。
最初に自己紹介がてらウォーミングアップをしてから、山登りに例えて「ネオ・ソクラティックダイアローグって何?」という説明をさせていただき、いよいよ登山開始です。

みなさん哲学カフェで慣れているだけあって、最初のステップ「問いを立てる」ところは、なかなかスムーズに進んだのではないでしょうか。
今回、選ばれた問いは「ゆるすとは?」でした。
途中、「許す」と「赦す」はどうちがうか、今回考えたい「ゆるす」はどんな「ゆるす」かを議論した末、あえてひらがなで表記することになりました。



そして、午後の、それぞれが例を出すところまではよかったのですが・・・例を選ぶ場面が危なかった!
誰かが強く「これ!」と思うものは「それだけは無理」という人がいたり、票が多く集まった例も残り1人が納得できず・・・ということを何度か繰り返し、なかなか全員の意見が合いません。
多くの票が集まった2つの例をめぐってずいぶん長い間議論し尽くし「大丈夫かな、ここから一歩も動けなくなったらどうしよう」と思ったとき、「いっそ、この2つは候補から退けて、他から選ぼう」という提案のおかげで、ようやく歩を進めることができました。
ここが今回の登山でいうと8合目あたり。
参加者のみなさんが2日間を通して一番キツいところだったのではないでしょうか。



2つめの難所は、2日目の午後。
選ばれた例の記述を終え、いくつかのポイントを選び、そのポイントから最初の問いの答えを探す場面です。

午前中のうちに、例のなかから「ゆるすとは?」の答えとして「自分にとって受け入れがたいことを」という要素が出てきました(みなさん、驚異的なスピードで1日目の遅れを巻き返してくれました)。
実はこの「自分にとって受け入れがたいこと」という言葉、2日目のだいぶ早い段階で出ていました。
しかし、そのときは、このポイントを指すもっと適切な言葉があるのではと全員が考えていたようです。
他の様々な言葉を駆使して例のなかでなにが「ゆるす」のポイントになっているかさんざん議論し、疲れ果てたころ、もう一度この言葉に戻り、この言葉が一番しっくりくるという結論に至りました。
結論だけきけば「なーんだ」と思うかもしれません。
でも、最初にこの言葉が出てきたときと、最後にこの言葉をもう一度口にしたときとでは、みなさんの表情が全然ちがうんです。
納得して選ぶってこういうことか、と改めて実感させられた場面でした。

清々しい気持ちで午前中のワークを終え、全員でランチに韓国料理でビビンババイキングに繰り出した後、2つめの難所がやってきます。

さらにじっくり例を検討した結果、5人は2時間かけ、「自分にとって受け入れがたいことを受け入れる」には、そしてそれが「諦める」でないためには、そのときの自分自身のコンディションと相手のアクションにもポイントがあるという結論に達しました。
が、その自分自身のコンディションと相手のアクション(と、ここで私が勝手に書いているもの)がどのような状態かを言葉にしようとすると、なかなか全員がしっくりくる言葉が見つからない・・・。

残念ながら、今回はここで時間切れ。
あと残り1合というところで各自の答えを発表し合い、途中解散となりました。
おしかった!

しかし、受け入れがたい気持ちを受け入れようとするときの自分の気持ちをどう表現するかを巡る議論は、一つの言葉からそれぞれが抱くイメージのギャップが明らかになり、非常に興味深かった。
今後、誰かをゆるしたり、誰かにゆるされたりするたびに、思い出しそうです。



今回、2日間を通してすごくよかったのは、NSDのあいだ全ての食事を全員で共にできたことです。(1日目のランチは地中海料理、ディナーはイタリアン、2日目のランチは韓国料理でした。)
午後の休憩、おやつタイムにも和菓子談義に花を咲かせたり・・・。

参加者の方がもってきてくださった、とらやの羊羹

途中、意見がなかなか合わず難航する場面もありましたが(NSDでは毎回のことですが)、こうした時間を共にすることで、なんとか最後まで全員で歩めたように思います。

今回、参加者のみなさんにも感想をお願いすることにしました。
また、このブログやニューズレターでご紹介させていただきます。お楽しみに。

2015/01/23

NSDセミナー、講師変更のお知らせ

こんにちは、まつかわです。

すでに受講者のみなさんにはお知らせしておりますが、今週末、尼崎にて開催するカフェフィロセミナー「ネオ・ソクラティックダイアローグ(NSD)を体験しよう」の講師を変更させていただきます。

川崎さんが講師をされる予定でしたが、体調不良のため、私、松川が講師を務めさせていただきます。
講師のキャラはだいぶ変わってしまいますが、セミナーの内容には変更ありません。
ご理解・ご了承のほどお願いいたします。

哲学カフェに関して、ときどき「結論を出さないと物足りないのでは?」という質問を受けますが、そういう方にはNSDはぴったりです。
みんなが納得できる一つの答えを出すには、どれだけの時間とエネルギーが必要か、それがどんなに根気のいる作業で、それと同時に、どんなにたくさんの気づきをもたらしてくれるか、実感していただけます。

そんなわけで、どんな対話が繰り広げられるのか、とても楽しみです。

哲学カフェなどでは「参加型進行役」の私(進行役のくせに自分の意見も言うし、ときには参加者に悩みをきいてもらうこともあります)も、NSDでは真の進行役に徹します。
それもまた楽しみです。

参加されるみなさん、今夜はゆっくり眠って、明日はリラックスできる格好でお越しいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


2015/01/19

NSDセミナー、キャンセルが出ました。

こんにちは、まつかわです。

今週末の1月24日(土)0〜25日(日)に開催予定のカフェフィロセミナー「哲学対話入門:ネオ・ソクラティックダイアローグを体験しよう」でキャンセルが出ました。
直前ですが、両日とも参加いただける方を募集しております。
参加したいという方がいらっしゃいましたら、カフェフィロ事務局までお申し込みください。


セミナー詳細はこちら

お申し込み先は、info★cafephilo.jp(★を@に置き換えてご送信ください)です。

2014/06/03

大阪&東京 NSDセミナー開催!

こんにちは、ひろいです。
本日はNSDセミナー開催のお知らせです。

このNSD体験セミナーは、特性上、毎回少人数で行っています。
定員になり次第締め切りますのでお申し込みはお早めに!


● カフェフィロセミナー:哲学対話入門
ネオ・ソクラティクダイアローグ(NSD)を体験しよう
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哲学カフェだけでなくもっと「哲学対話」のことを知りたい。そんな方々を対象にカフェフィロでは対話セミナーを定期開催しています。
今回は、ネオ・ソクラティクダイアローグ(NSD)の体験セミナーです。
NSDとは、大学、高校の授業や企業研修で実際に用いられている哲学対話法です。哲学の知識はまったく必要ありません。進行役の助けのもと、参加者みんなで問いを立て、実体験から例を出し、例を吟味し、問いに答えます。
東京のほうはNSDの全てのプロセスを体験できる2日間のプログラム、大阪のほうは1日でNSDのポイントを凝縮して体験できるショートバージョンのプログラムをご用意しました(大阪のほうは最初に問いが決まっています。今回の問いは「人間らしいとはどういうことか?」です)。
哲学カフェでは物足りない方、対話のファシリテーションに関心がある方も大歓迎です。みなさまのご参加、お待ちしています。


【大阪】
○日 時:6月22日(日)10:00〜(受付は9:30〜)
○会 場:大蓮寺(http://www.dairenji.com/)
○進 行:川崎唯史(カフェフィロ)
○アドバイザー:本間直樹(カフェフィロ)
○交 通:大阪市営地下鉄堺筋線・近鉄「日本橋駅」より徒歩7分。大阪市営地下鉄谷町線「谷町9丁目駅」より徒歩8分。
○受講料:10,000円(※カフェフィロ会員の方は8,000円)
○定 員:各6名(要申し込み、先着順)

○問い:人間らしいとはどういうことか?

【タイムテーブル】
10:00-10:30 自己紹介・イントロダクション
10:30-11:15 問いを立てる
11:15-12:00 例を挙げる
12:00-13:00 休憩
13:00-15:00 例を記述する
15:00-15:15 休憩
15:15-17:15 例を吟味する
17:15-17:30 休憩
17:30-18:30 答えを出す
18:30-19:00 振り返り・感想


【東京】
○日 時:7月26日(土)7月27日(日)9:30〜(受付は9:00〜)
○会 場:エセナおおた(http://www.escenaota.jp/map.html)
○進 行:松川絵里(カフェフィロ)
○交 通:JR大森駅東口より8分
○受講料:18,000円(※カフェフィロ会員の方は16,000円)
○定 員:8名(要申し込み、先着順)

【タイムテーブル】
1日目
9:30-11:30 イントロダクション+問いを立てる
11:30-12:30 休憩
12:30-14:30 例を挙げる
14:30-15:00 休憩
15:00-17:00 例を記述する

2日目
9:30-11:30 例を吟味する1
11:30-12:30 休憩
12:30-14:00 例を吟味する2
14:00-14:30 休憩
14:30-16:00 答えを出す
16:00-16:30 振り返り・感想

※開催3日前までに下記申込先までお申し込みください。ただし、定員に達し次第、締め切らせていただきます。また、セミナーの性格上申込人数が5名に満たない場合は開催を中止することがございます。ご了承ください。

★お申し込み方法★
お名前、ご連絡先を明記の上、info@cafephilo.jpまでお申し込みください。
※受講料は前払い制となります。お申し込み後、振り込み先をお知らせいたします。

○問合せ・申込み:info@cafephilo.jp(カフェフィロ事務局、担当:廣井)
○主 催:カフェフィロ
 

2014/02/21

NSDセミナー@東京「自分らしさとは?」(2)

こんにちは、まつかわです。
昨日の報告記事の続きです。

2日目の午後、三浦さんが躓いたというその場面。
前日みんなで選んだ例から重要と思われる箇所をピックアップし終え、最後に答えを出すその一歩手前のところでした。

率直にいうと、本人は「盛大に躓いた」と言ってますが、躓き自体が大きかったというわけではないのではと私は思っています。
実際、このステップで躓く人は多いものです(そのために進行役がいるのです)。
ただ、それまで余裕をもって参加していた三浦さんが余裕をなくした場面だったから、そう見えたかもしれません。

私も、三浦さんがそこで躓くことは全く予想していませんでした。
というのも、実は、三浦さんは、私にNSDを教えてくれた先輩のうちの一人なのです。
しかし、三浦さんから話を聞くうちに、三浦さんが、私にNSDを教えてくれた10年前から、NSDのこのステップについて「疑問」を抱いていたのだということがわかりました。それは、私自身が10年前に抱いていた疑問でもありました。

「NSDへの疑問」の詳しい内容については、三浦さんの感想をどうぞ。
ここでは、NSDの方法や理論的背景について詳しく触れるのは控えておきます。

ただ、そのとき三浦さんの言葉をきいて私が感じ、お伝えたのは、三浦さんが「NSDではこれはやってはいけない、言ってはいけない」と感じていることを、私はやってはいけないこととは思わない、むしろ、それを今ここでやってほしい、言葉にしてほしいということでした。
三浦さんら先輩からNSDについて学んだあと10年間のあいだに、私は私で、カフェフィロでの様々な哲学対話の経験を通して、NSDは最初に私が思っていたよりもっと自由なものなのではないか、NSDのなかの「遡及的抽象」と呼ばれるものの範囲はもっと広く捉えるべきではないか、と考えるようになっていたからです。
(「遡及的抽象」って何?という方は、いつか、このセミナーをご受講いただければ。)

私の言葉がどれくらい伝わったかはわかりません。
どちらかというと、その後ふわりと再開された「自分らしさとは?」とその例をめぐるみなさんの対話が三浦さんに再び力を与えてくれたようにも思います。
一時はここで遭難かとも思われましたが、なんとか30分ほどして、再び全員で答えに向かうことができました。

三浦さんは「経験者である私自身が参加者の足を引っ張る始末になってしまった」と言っていますが、むしろ私は、こうした疑問や戸惑いの声は他の参加者にも考えるきっかけを与えてくれるものだと思っています。
三浦さんが「あまりにもみんなで考えてきた結果を反映していないとの自制が働き、その場では出しませんでした」と言っている内容についても、ぜひきいてみたかった。
三浦さんは「みんなで考えてきた結果を反映していない」とおっしゃっていますが、果たして本当にそうかどうか、(三浦さんがその気になれば)みんなで検討することもできたと思います。

そして、三浦さんのこの疑問をきっかけにこんなことを考えながら、私もまた、NSDについてひとつ学んだことがありました。

それは、NSDは「こうすれば哲学対話ができるよ」というような方法ではなく、「こういう姿勢で臨まないと、うまくいかないよ」という仕方で哲学対話に必要な態度を教えてくれる方法なのではないかということです。

今回のセミナーの最初のイントロダクションで、私はこんなことをお話していました。
今回のセミナーを、哲学対話の方法やスキルを学ぶためのセミナーだと思うと、期待はずれかもしれません。
私はこのセミナーでみなさんに、方法やスキルではなく、哲学対話に必要な姿勢や態度を学んでほしい。
哲学対話は、方法やスキルがあればできるってものじゃないから。
進行役として私が反省すべきことがあるとしたら、初日にお話したNSDに必要な態度について、2日目も、もっとしっかり強調してお伝えすべきだった、ということかもしれません。

まぁ、いろいろありましたが、先ほど廣井さんから届いた受講者アンケートをみると、受講者のみなさんにはご満足いただけたようで安心しました。
(三浦さんの「躓き」のおかげで、セミナーの内容は2割増しぐらいになったかも)

経験者も改めて哲学対話の醍醐味と難しさを体験できちゃうNSDセミナー、(今回は大雪のおかげでちょっぴり赤字でしたが)、また開催できるといいなと思います。

ご受講くださったみなさん、ありがとうございました。
残念ながら今回は参加できなかったみなさん、次こそお会いできますように。










2014/02/20

NSDセミナー@東京「自分らしさとは?」(1)

こんにちは、まつかわです。
先週末のセミナーの後片付け(収支計算など)が終わって、ようやく一息つきました。
三浦さんに先を越されてしまいましたが、せっかくなので、参加者である三浦さんの感想にのっかるかたちで報告を書いてみようかな。

2月15日〜16日に東京で開催した「哲学対話入門:ネオ・ソクラティックダイアローグ(NSD)を体験してみよう」(以下、「NSDセミナー」)の報告です。

初日の15日は前日からの大雪の影響で、東京周辺の多くの交通機関が運休。
それでも幸い、会場の大田区民プラザの最寄り駅がある路線は運転している状態。
そして岡山から進行役として参加する私だけでなく、名古屋や福島など遠方から参加する方はすでに東京に来ている。
会場費やその交通費を無駄にするのは惜しいということで、思い切って開催することにしました。
10名の方が参加される予定のところ、実際の参加者は6名になってしまいましたが、開始予定時刻から1時間遅れで、無事開催することができました。

NSDセミナーでは、最初に2日間参加者全員で考える問いを1つ選びます。
今回は、「自分らしさとは?」が選ばれました。
他に最後まで候補に残ったのは、「度胸とは何か?」「楽しいとはどういうこと?か」だったかな。

そういえば、問いを決めるとき、ひとつ争点となったことがありました。
「自分らしさ」は「度胸」や「楽しい」とは性質が異なる。
「自分らしさとは?」という問いにつちえ具体例を考えるとき、たとえばまつかわなら「まつかわらしさ」の例を出すということになる。その例をもとに思考を進めていくと、最終的に「まつかわらしさとは?」の答えはでても、「自分らしさとは?」の答えは出ないのではないか。
・・・なかには、そう懸念を示す方もいました。

実のところ、NSDの手法という観点から「自分らしさとは?」という問いがNGかというと、そんなことは決してありません。
ただ、確かに上記の問題が、山登りのようなNSDの行程のなかで「落とし穴」になる可能性はありました。
落とし穴のある山に登ってはいけないわけではないけれど、落とし穴のある山をあえて選ぶかどうか。

彼の不安をそのままにして決めるわけにはいきません。
全員でこころゆくまで話し合います。
その結果、最初に懸念を示した方も「不安がないわけではないけれど、『自分らしさとは?』について考えたい」という気持ちが強く、最終的には「他の問いより難しいチャレンジになるかもしれないけれど、みんなで協力して一番考えたい問いを考えよう」ということになりました。

実際、最初に懸念を示していた彼の前には、途中何度もこの落とし穴が現れたようです。
しかしその度に、彼は率直に自分の懸念を伝え、他のみなさんと慎重に落とし穴の輪郭を確認しながら、一歩一歩歩みを進められました。

NSDでは、彼のように、その都度思ったこと感じたことを率直に表明し、他の人と共有することがとても大切です。
最初に彼が懸念を示してくれたおかげで、他の参加者のみなさんも発言しやすくなったのではないでしょうか。

この後も、各々のステップで目標時間ギリギリだったことを思うと、決してスムーズな歩みというわけではなかったでしょう。
しかし、6人全員が率直に意見を交わし合い、互いの意見に耳を傾けながら、気持ちよく対話は進みました。

2日目の午後までは。

2日目の午後、何が起こったのかについては、三浦さんの感想に詳しく書かれていますが、(NSDを体験したことがない人には???でしょうし)進行役である私の視点からもこれについて触れておくべきでしょう。
長くなるのでいったんここで区切って、続きは明日書きます。
お楽しみ(?)に。




2014/02/19

東京でのNSDセミナーに参加して

三浦です。
先週末に東京で開催されたNSDセミナーに参加してきました。
私の記憶では、泊りがけのNSDは2002年に有馬温泉で行なわれた「わがまま」をテーマにしたものと2003年の岡山での「仕事」をテーマにしたもの以来3回目、一日単位のものにしても実に10年以上ぶりのNSDでした。
記録的な大雪に見舞われたこともあって、非常時でのNSDセミナーだったわけですが、個人的にもやもやしたものがいまも残っているので、やや言語化しておきます。

少ないとはいえ「経験者」ということで、二日目の午前中の〈例を吟味する 1〉の段階までは、ときおりメタダイアローグ的な発言をするなど、余裕のある対話への関わり方だったと思います。
ところが。
「書き出されたポイントのなかから、問いの答えになりうる一般的なポイントを抽出する」という〈例を吟味する 2〉の場面において、私は盛大に躓いてしまいました。

今回は「自分らしさとは?」をテーマとして選び、この問いへの答えを探るべく、みなで共有の例を選び出し、その例にとって重要なポイントを吟味する。ここまでは個人的に順調でした。
とくに例にとって重要なポイントを探りながら、もう一方では問いへの答えを(先走り的に)考えている時間帯は「哲学している感」を存分に味わっていたのです。
しかし。
重要ポイントから、問いの答えになりうる一般的なポイントを抽出するという作業をしているときに、突如として私は、自分がいま何をしているのかが(そしてなぜこういうことをしなければならないのかが)わからなくなりました。さらには十数年前に研究室のメンバーらとNSDを見様見まねで体験していた時に感じた「NSDへの疑問」が沸々と湧き上がってきて、その疑問をそのまま吐露してしまうことで、なんと経験者である私自身が参加者の足を引っ張る始末になってしまいました。
混乱は30分ぐらいでなんとか収まり、躓いた「一般的なポイントの抽出」にもなんとか参加し、最終の〈答えを出す〉場面にかろうじてたどり着いたのですが、ここでも私は「あれ、俺だけ場違い?」的な思いに襲われます。

というのも、他の参加者の方々は先の段階で抽出した一般的なポイント(=「思いがけない自分の判断や行動を大切なエピソードを想起することで受け入れている」)をもとにして、答えを記述しているのに、私はその前の段階の重要ポイントを吟味するさいにおぼろげに掴んでいた答え(今回であれば、「自分らしさとは意外なものである。それは外から知らされることが多い。」)を当初は出そうとしていたからです。この答えは、あまりにもみんなで考えてきた結果を反映していないとの自制が働き、その場では出しませんでしたが。

私が十数年前に感じた「NSDへの疑問」とは、具体的な例から一般的な答えを探る「遡及的抽象」(の後半部分)は、名称としては響きがいいけど、結局それって例から取り出した(複数の)一般的なポイントをただ単に継ぎ接ぎしてるだけの作文でしかないのではないかというものでした。
で、そういうNSDへの不満から私はそのオルタナティブとして哲学カフェへと向かっていったんだったな(というのも、この当時の研究室での「公共的な対話」の主流はNSDでしたから)ということを、躓いていた30分のあいだにまじまじと思い返していました。

私はまだNSDの本質をぜんぜん掴んでいないのでしょう。
今回久しぶりに参加しようと思ったのは、「名古屋でもNSDセミナーをやって」という声があって、近々名古屋でも開催したいなと思ったからでした。幸い、場所は名駅前にたいへん良い場所を確保できそうなのです。
というわけで、今回のセミナーは私が再びNSDと向き合うよいきっかけになりそうです。
セミナーに関わられたすべての皆さんに感謝(とお詫びを)します。

2013/10/31

NSDセミナー@東京

こんにちは、廣井です。

10月も今日で終わりですね。
遅くなりましたが10月5日と6日に東京で開催したNSD(ネオ・ソクラティック・ダイアログ)セミナーを
受講された方の声を一部ご紹介いたします。

「衝撃でした。これまでの対話の概念が崩れました。」 (50代男性)

「一人で学習するよりも、皆で学習する方が得られる学びが多いということを体験できたセミナーでした。」 (30代男性)

「凄い体験でした。ここまでとことん対話をしたのは、人生で初めての経験でした。」 (40代女性)

「全員で考えることを徹底することの難しさを実体験できたことは貴重。」 (40代男性)



いかがですか?
私も以前体験した際の2日間はひたすら考え疲労困憊しましたので、今回の参加者の皆さんの感想は大いに頷けます。
今回ご参加いただけなかった皆さんも、次回はぜひ!